猫の話をしようか

なかなか聞けない猫の話。こっそりおしえる猫の話。

見つけたのは、わたしの故郷 ~野良猫のアイデンティティ(後編)~

f:id:masami_takasu:20180325234943j:plain文:高栖匡躬 

一乗寺は無人の小さな駅。
ホームの端は階段になっていて、ゲートなど何も無く、直接通りに繋がっている。駅と言うよりも、長い屋根のついたバスストップという印象だ。

わたしはバックパックから、折りたたんだ地図を取り出した。
そこには目的の住所に丸がつけてあった。その場所――つまり祖母の生家――は、目の前の通りを右に折れたところにある。

 左に進めば詩仙堂という広大な日本庭園があるようだ。わたしより先に降りた乗客たちは、皆左方向に歩いていった。

ルート367に出て、高野川に沿って歩く。この川はやがて、あの有名な鴨川に合流するのだと言う。
しばらくすると、左側に人しか通れないほどの細い橋が現れた。わたしはそこを渡った。川の対岸に、目的の場所があるはずだった。

祖母の実家は、大店の材木問屋なのだと聞いていた。地方の名家らしい。
しかし――、橋を渡りきると、そこは普通の住宅地だった。
狭い土地を区切るようにして、ブロックごとに同じ形の家が並んでいおり。とても名家に該当するような、大きな建物があるとは思えない。

 

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画像:Google Map

わたしはあてもなく、1時間ほどその辺りを歩きまわって諦めることにした。
実はそれは、半分は覚悟をしていたことだった。
祖母が日本を出てから、もう50年も過ぎているのだ。その間に何があっても不思議ではない。名家だっていつかは没落するものだ。

そしてそもそも、その住所が正確だとは限らない。祖母の口伝を父が書き取ったものだからだ。もしかすると祖母か父のどちらかが、住所の綴りを間違えたのかもしれないし、もっと勘ぐれば、祖母が自分から縁を切ろうとした日本の実家の住所を、素直に教えたのかどうかも怪しいものだ。

わたしは丁度行き当った公園のベンチに座り込んだ。そして最後に念のためにと、スマートフォンを取り出し、その住所を打ちこんでみた。
――しばしの待ち時間――
地図の表示が現れるのと同時に、今自分のいるこの公園に、ピンがささった。
わたしは「ふう」と一つ息をして、ベンチの背に身を預けた。

その時だった。不意にどこからか、ニャーという猫の声が聞こえてきた。
周囲を見回すが猫はいない。
振り向くと、わたしの座っているベンチのすぐ後ろに、灰色の縞模様をした猫が座っていた。

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わたしが日本にきてまず驚いたのが、野良猫が多いことだ。
わたしの生まれ故郷のハワイ、ホノルルでは、野良猫をみることなどほとんどない。年に一度あるかどうかだ。なぜそうかというと、猫はハワイの独特の生態系を壊す害獣として、熱心に駆除されているからだ。

わたしは用心深くカメラを構えて、その猫に向けてシャッターを切った。
カシャリという音に気付いた猫の目には、一瞬だけ警戒の色が浮かんだが、すぐにそれは消え、猫は何事も無かったかのように、毛づくろいを始めた。

思えば野良猫をこんなに間近に見るのは、生まれて初めてのことだ。
わたしは少し興奮した。
実を言うとわたしのニックネームは『キャット』という。
名前のケイト(Cate)を友人がもじってつけたものだ。
友人達がそのニックネームをどう思っていたか知らないが、わたしはアイデンティティの無い自分を良く言い当てていて、その『キャット』というのは、野良猫なのだと思っていた。
そしてわたしは駆除されないように、歯を食いしばって頑張って生きてきたのだ。

わたしはこの野良猫と、親交を結びたくなった。
何か与えてみようと思いポケットを探る――。するとミントのキャンディーが出てきた。
「猫はこんなものを食べるのだろうか?」
包みを開けて差し出すと、猫は興味をもったようで、そろそろと忍び寄ってきた。
一歩、また一歩……
段々と距離は縮まり、10センチ、5センチ、3センチ……
猫の鼻がキャンディーに近づく。そして1センチ。
「やった」とわたしが内心思った瞬間に、猫は「フー」と声を上げて退いた。

どうやら猫は、ミントのキャンディーは嫌いらしい。
これまで猫との接触がなかったわたしは、猫が何を好むのか全く知らない。
「そう言えばと」バッグの中をさぐると、ポッキーが出てきた。
それは昨日コンビニで買ったもの。ハワイでも売っている、わたしの好物だ。
「これは食べるだろうか?」
わたしはポッキーで猫の気を引いてみた。すると猫はまたそろそろと忍び寄ってきた。10センチ、5センチ、3センチ……
もうすぐだと思った途端に、後ろから声がした。

 

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画像:Google Map

「▽※◎*!!!」
1人の老婆が立っていて、怒った口調で何かを言っているが、日本語なので意味が分からない。

「ニホンゴガ・ワカリマセン」
貧弱な日本語ボキャブラリーを駆使して伝えると、老婆は身振りを交えながら、また怒った口調で何かを言い始めた。
察するところ、『野良猫に餌をやるな』と言っているようだ。

老婆に何度も指を指されたからだろうか、猫はゆっくりと立ち去った。
そして老婆の方はというと、まだ顔は怒ってはいたが、猫がいなくなって気を削がれたのだろう、相変わらず怒った口調で何かを言いながら、わたしの前から去って行った。
わたしは老婆の背中が完全に見えなくなってから、周囲を見回してみた。しかし猫はもうどこにも見当たらなかった。

「あの猫は、誰からも餌をもらわないで生きているのだろうか?」
と、わたしは思った。
ハワイの温暖な気候とは違い、日本には凍えた冬がある。あの猫は自分で餌を探して、自分の力で寒い冬を越えるのだ。
「日本の野良猫はすごいな」
そう思ったときだった。わたしの脳裏には『そうか! 野良猫には野良猫という、立派なアイデンティティがあるではないかと』と閃いた。

この場所で、祖母の実家と言う自分のルーツは見つからなかったけれど、わたしはこの場所で、野良猫という自分なりのルーツを見つけたような気がした。

「自分探しはここで終わり。しっかり京都を楽しんで帰ろうか」
わたしはそう思った。

そしてこの場所が今日、わたしの故郷になった。

――了――

文:高栖匡躬

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