犬派の僕が猫と暮らす理由撮影&文:紫藤 咲
先住犬のひなさんとねこさんの間で、ほのかな信頼関係が見えてきて、ほっと一息。
しかし、まだまだ安心はできません。
何しろぼくは、新米飼い主。猫の知識がゼロなのです。
ここ数日で起きたことを理解はすれど、これから起きる事はまったく予想がつきません。
さて、こんな新米に訪れる事態とは?
まずは前回に続いて漫画にて第1クールを振り返ってみましょう。
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(漫画で振り返るこれまでのお話、パート2)
捨猫を拾った新米飼い主の苦悩は、この日から
(ここから先が第2クールです)
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ねこさんがカプセルホテルで過ごすようになった、その日の夜中のこと。
それまでずっと手伝わなければ排泄できなかったねこさんも、なんとか自力でできるようになっていた。
手をかけなくて済む。これは本当に喜ばしいことだった。
慣れてきたとはいえ、排泄のお手伝いはとても苦手だった。ねこさんを傷つけてしまいそうで怖かったからだ。
ゆえに自分で排泄してくれるようになって、ぼくはかなりほっとした。
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しかし、喜んでばかりもいられなかった。別の問題――軟便になってしまったこと――が持ち上がってきたからである。
読んで字のごとく、柔らかうんち。
これがものすごく大変だった。
柔らかいならいいじゃない。出しやすいじゃない――と思われるかもしれないが、柔らかすぎるのが問題なのだ。
便は適度に硬くなければならない。柔らかすぎても、硬すぎてもダメ。丁度いい硬さじゃないということは、すなわち『体調不良のサイン』である。
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では、なぜ柔らかくなってしまっていたのか――これは与えるフードが原因だった。
食欲のないねこさんになんとか食べてもらいたくて、カリカリよりも食べやすいウェットタイプのものを主に与えていた。さらにフードとは別に、日に数回、ミルクも与えていた。カリカリだけを摂取するよりも、圧倒的に一日の水分摂取量が多くなっているのがお分かりいただけるだろう。
水分が多くなれば便に含まれる水分量も増えるから、必然的に柔らかくなる。
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理由がわかれば便を硬くすることは、さほど難しいことではない。
しかし、ねこさんはカリカリを食べられるほど元気じゃない。水分量の多い、食べやすいフードですら、がっついては食べてくれない。
それに加えて1日の水分摂取量も少ないのだ。そうなると、便を硬くするために、水分量を減らすことは諦めざるをえなかったのである。
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さて、この時点で一番困ったのは、トイレを購入していないことだった。せっかく自力で排泄できるようになったというのに、トイレがない。彼が尿意や便意をアピールしたとしても、適切な場所に誘導してやれないという課題が浮上したのである。
とはいえ、仮に排泄したいと彼が思ったとしても、ぼくに伝えるまでの元気はない。そういう悪循環が事故に繋がってしまっていたのだ。
悪循環が招いた大きな事故は2度ある。
1度目はカプセルホテル内で、2度目は寝ていたひなさんの尻尾の上で起きた。
まずは一度目のこと。
悲劇は夜中のご飯タイムに起こる。ねこさんにごはんをあげようと、二時に起きていたぼくは、うんちまみれになった彼を発見したのである。
カプセル内のタオルの上に、黒い柔らかな便が横たわっていた。それをねこさんが思いっきり踏んづけてしまっていたのだ。柔らかいゆえにお尻まわりにもべったりくっついて、オーマイゴッド状態。
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――ひぃっっ!
急いでカプセルの掃除をする。ねこさんをきれいにするためにお湯を沸かす。当然のことながら、ごはんは後回し。用意したお湯で温めたタオルで丁寧に拭いていく。
カプセルホテル内のタオルも洗わなければならないが、そのまま洗濯機にぽいっとは入れられない。手洗いで便を落とし、洗濯機を回す。しかも、このタオル。お気に入りのもふもふだった。
もふもふタイプは二枚しかなかったので、あっという間に替えがなくなる。仕方なくノーマルタオルで代用したのはいいが、ねこさん、お気に召さないように見える。
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――もう1枚タオルが欲しい!
とは思うが、タオルを増やしたところで問題は解決しない。
洗い替えのタオルよりも、すぐに必要なのは間違いなくトイレだ。トイレの購入なくして、問題解決はありえなかった。
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しかし、ここでも再び、別問題が浮上する。トイレを用意するのは必然。いますぐ欲しい。ぼくがトイレ購入を躊躇する原因はひなさんである。
普通の人は「なぜ、ひなさんが問題なの?」と思われるだろう。ぼくも他の犬種だったら、これほどまでには悩まなかった。
そう、彼女がダックスフントという種類であることが問題なのだ。
本来、狩猟犬であるダックス。別名「アナグマ犬」。
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巣穴にいるアナグマを狩るのが目的に改良されたワンコなのだ。穴掘り大好き。事実、子犬の頃から掘り掘りしまくっていた彼女である。砂の入ったトイレを置いたとしたら?
ぼくの目の届かないところで彼女の本能が目覚めて、砂を掻き出しまくる――掘り掘りフィーバー状態になりはしないだろうかという不安が持ち上がったのだ。
いや、単に砂を掻き出すくらいなら、それほど問題にはならない。排泄された後だったら? 床に転がるうんち、二次災害。間違って踏んでしまって三次災害が起こらないとは限らない。
となると、トイレを守るためにケージの購入も必然となってくる。
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――ケージなあ。
ホームセンターで見た2階建てのケージを思い出す。毎日、必死にお世話をしていたためか、ぼくの心は「ねこさん、かわいいな」という方向に傾いていた。おそらく、手が掛かる子だからという理由も大きかったのだろう。
ここまで手間を必要(ごはんが食べられないので、毎回、手で与えていた)とすると、愛おしさが増してしかたなかった。
弱々しい彼を見ていると、『この子はきっと、ぼくなしでは生きていけないだろうな……』なんて気持ちにもさせられる。彼がぼくを必要としていたというよりも、ぼくが彼を必要としていたのかもしれない。そう思うと、貰ってくれる人に渡す気持ちがなくなってしまってきたのである。
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トイレの購入を思案中に、ひなさんの上でうんちをしてしまう2度目の事故勃発。
ねこさんを拭いて、ひなさんのしっぽを洗って、ハウスを洗濯して干して――
こんなことをずっと繰り返すわけにはいかなくなっていた。今は食べる量が少ないからいいとしても、この先ずっと続くようなら、ねこさんにとっても、ひなさんにとっても、ぼくにとっても過剰なストレスになっていくのは目に見えていた。
ならば、皆がストレスにならずにすむ方法を考えなければならない。
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そう、ひとつだけ手はある。
トイレを購入し、ケージを買うこと。
ねこさんの住環境を整えれば、お世話の手間はぐっと減り、皆が皆、安心して暮らしていけるようになるのだ。あとはぼくが決断するだけだった。
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――うん。貰い手を探すのは、もうやめよう。ぼくが最後まで面倒をみよう。
決断してしまえば、もはや、うんちも怖くない。汚れたものを洗うことへの抵抗感など皆無になっていく。
おそらく、赤ちゃんのうんちが平気だというお母さんと同じ心理だったのだろう。
手についても、洋服についても、多少なり臭いがきつくても、まったく平気になってしまうのだから不思議なものである。
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翌日。ぼくは貰い手を探してくれているおばちゃんにすぐさま連絡を取った。
ここ三日、頑張って探してくれていたおばちゃんは途方に暮れていたらしかった。貰い手がどうしても見つからないと――
『うちの子にします』というぼくの決心を聞いたおばちゃんは、『ありがとう』と心から安心したように電話の向こうから言った。『本当にいい人に巡り合えてしあわせね』とも。
貰い手を探してくれたことにお礼を告げて、ぼくは電話を切った。
結果、自ら『おばちゃんに貰い手を探してもらう』というプランCを手放し、『最後まで自分で面倒をみる』というプランZが採用となったのである。
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かくして、
だがしかし、ぼくとねこさんの生活は順風満帆にはいかなかった。
神様はとてもいじわるで、ぼくたちに試練を用意していたからだ。
まるで、ぼくらの絆を試すかのように、運命の歯車が回り始めていることを、このときのぼくはまだ、知らずにいたのであった。
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(余談)
――ひとつの命をはぐくむこと(2/11)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話――
ねこさん、ますます体調が悪く、ずっと寝て過ごしている。
病院に行くものの、
「体重が1kgはないと、抗生剤が打てないんだよ」
と、先生は言う。
しかし――
食べさせても、体重は増えないのだ。
――前話――
先住犬ひなさんと、ねこさんのお近づきチャレンジの再開
しかし、吠えまくるひなさん。
――上手く行かない。
引き離そうとするぼくに、ハットリ君が言う。
「まぁ、待て。ちょっと見てみようぜ」
ひなさんと、ねこさんは、家族になれるのか?
そして彼は、遂に”運命の一言”を、ぼくに告げるのでした。
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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