犬派の僕が猫と暮らす理由
撮影&文:紫藤 咲
ねこさんとの共同生活も一週間を迎えようとしていた頃、ぼくはハットリくんとともに、さらなるねこさんの居室改革に乗り出していた。
ケージは完成し、トイレもセットした。メッシュマットも入れ込み、ねこパンチマシーンも完備された居室。それでもまだ、彼の寝床がどうにも寂しいように感じられたからだ。
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なにせメッシュマットの上にタオル敷いだけの、とてもシンプルな寝床である。
できることなら、ちゃんとベッドらしく、クッション性のいいものを用意して、周りもぐるっと取り囲んでやったほうがいいだろうと考えたのだ。
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とはいえ、二階建てケージの一階部分は半分、トイレで占領されてしまっていた。さらに悪いことに、この頃のねこさんは二階に飛べるほどの脚力もとい、体力がなかった。
メッシュマットを敷いて、ふわふわタオルを敷いていても、床から上ってくる冷たさを防ぐことにはなっても、ふかふか感はない。元気がなく、一日寝てばかりいる彼になんとか喜んでもらえる居室を作ることは、ぼくにとって大きな課題だったのである。
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すっかり行きつけとなったホームセンターと、百円ショップを見て回る。
そんな中でのぼくらの話題はもちろん、ねこさんのことである。
「にしても、よくおまえ、預かったよな。普通なら、その場に置いていくぞ。飼う気がないならさ」
ハットリくんのこの言葉に、ぼく自身も首を傾げた。なぜ預かる気になったのか、自分自身でもわからなかったからだ。
「なんでかねえ。よくわからん」
「まあ、頭のどこかで考えていたんだろうな。ひなも年だし」
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それはある。ひなさんは現在十五歳。ぼくは彼女が亡くなったら、もう犬は飼わないと決めていた。別れがつらいとかではなくて、彼女を忘れるのが嫌だったから。
新しい子を見つけてしまうと、どうしても亡くなった彼女を忘れがちになる。そうなってしまう自分が怖くて、彼女が亡くなったら、別の犬を飼うことは一生しないと決めていた。
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でも、猫ならいいかな――なんてことを、実はちらりと考えていた。ねこさんと出会う一か月くらい前のことだ。そんなことをちらりと両親に漏らしたこともある。
彼女がいなくなった後の生活を思うとどうしても寂しさが募って、ペットロスになりそうな気もしたからだ。
だから、犬ではなく猫ならいいかなと思ったのは確かだった。
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さらにこの時期、ぼくは猫を登場させた小説を考え、その下書きをしていた。しかし、残念なことに猫のことをまったく知らなかった。知らなさすぎて、うまく描写ができないことにストレスを抱えてもいた。
そんなタイミングで彼に出会ったのは、運命だとしか思えなかった。こういう縁もあるものなんだと――
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「運命的だとは思う。でも、まあ、飼うとは思わなかった」
ちらりと考えただけで本当に現実になるとは、ぼく自身も想定していなかったことを素直にハットリくんに告げた。すると彼は「すごいよな」とぼくを珍しく褒めたのだ。
「飼うって決めたのもすごいよな。そういうところ、おまえ男前だと思うわ」
ハッキリ言って、ハットリくんに褒められることは滅多にない。けれど、彼は心底感心したという口ぶりで続けた。腹をくくるよという決断がとても好ましいと……
――どうした? ハットリ!?
と、驚くぼくに、彼はこんな質問をした。
「仮にな。(ライが)体壊して、治療するのに二十万かかりますってなったら、どうするよ? ひなも介護になったら金掛かるのに、若くして入院ですって、おまえ払えるのか?」
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彼の言うことはもっともだった。これまで大病をしてこなかったとはいえ、彼女は充分に年をとっている。今後なにが起きてもおかしくない。
体力だって落ちてきている。認知症っぽいなと思われる行動もある。近い将来、彼女に医療費が掛かるだろうことを想像しながら、ぼくは答えた。
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「ああ……保険利かないしなあ。治療費、高いわなあ」
「そうだよ二十万って大金だぜ?」
「まあ、二十万払って治すってなったら、わからんなあ。治療しないかもな」
「まじかよ! ひでぇな。やっぱり、おまえはそういうヤツだよな」
「って、大体さ。そう言いながら、いざとなったら助けるに決まってるって、おまえ、わかって聞いてるだろう、それ?」
「うーん、どうかなあ」
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談笑しながら、ぼくらはふかふかした手触りの20cm角のマットを二つ購入した。
二百円ほどの買い物だったが、きっとアイツなら喜ぶよな、ふわふわ好きだからさと、ルンルンしながら帰宅して、寝床にセットした。
しかし残念ながら、ねこさんは見向きもしなかった。メッシュマットの上に置かれたそれは、いまだにあまり活用されないまま、寒さよけのためだけに敷かれた状態である。
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とはいえ、改革はできた。うちにたまたまあった(どうしてあったのかは忘れた)ラッピング用のカゴでベッドを作る。
ふわふわタオルを入れ込んでから、寝ているねこさんを移動させる。『ステキベッド完成したな、天才だぜ、ふっふっふ』と自己満足したくらいジャストサイズだった。
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ステキベッド
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しかしながら、こんな笑い話として気にも留めなかったことが、現実味を帯びてくる。体重の増えないねこさんは、その日、ぼくが驚くほど荒い呼吸をしたのだ。
伏せたような状態で、ぐわっ、ぐわっ、ぐわっと大きく腹で息を吐いたのか、吸ったのか、よくわからない。
驚くばかりで、どうしてやることもできずにオロオロするぼくの前で、むせたような咳を数回繰り返す。全身で強く咳き込んだ彼の身体は、いつもより熱いような気もした。
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日曜の午後のできごとである。診察は午前中のみでやっていない。翌日の月曜日、仕事が終わってから獣医へ連れて行こうと、ひとまずこの日は様子を見ることにした。
しかし、この選択が間違っていた。
もう少し早い段階で連れて行けば、彼を苦しめずに済んだかもしれない。
そう、死神は確実に、小さな彼へと忍び寄っていたのだから――
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結果から言えば、
居室改善のために購入したマットよりも、
タオルと同じ素材の毛布を気に入って使っていました(笑)
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(余談)
――ひとつの命をはぐくむこと(6/11)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話――
ほとんど動かないねこさん。
体重を増やして抗生剤を打つのだと思っていたぼくだが、ハットリくんによると事態は深刻だ。
病院にいくと、危険を承知ですぐに抗生剤をうつことに。
注射器がぶっすり背中に刺さる。
ねこさんは『ギャー』と鳴いた。
――前話――
ねこさんが自力で排泄ができるようになった。
そこでトイレの準備を。
しかしねこさん、慣れないトイレで困惑。じっと固まって動けない。
しょぼくれたねこさんを前に、色々と理由を探ってみるぼく。
猫も犬も、トイレの躾は最初の試練なのだ。
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本クールの第1話目(1/11)です――
先住犬ひなさんと、ねこさんのお近づきチャレンジの再開
しかし、吠えまくるひなさん。
――上手く行かない。
引き離そうとするぼくに、ハットリ君が言う。
「まぁ、待て。ちょっと見てみようぜ」
ひなさんと、ねこさんは、家族になれるのか?
そして彼は、遂に”運命の一言”を、ぼくに告げるのでした。
――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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――作者の執筆記事です――