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【FIP:猫伝染性腹膜炎】病理と検査、診断について考えてみよう ~FIPの完治は可能なのか?~

猫のFIPについて思うこと
f:id:masami_takasu:20190218150618j:plain構成:高栖匡躬、解説:オタ福

皆さんは猫のFIPという病気をご存知ですか?
猫伝染性腹膜炎の英文表記(Feline Infectious Peritonitis)の、頭文字をとったもので、発症すると”ほぼ”100%死んでしまうといわれています。
”ほぼ”と書いたのには理由があります。
実は本記事は、その”ほぼ”の理由を突き詰めた記事なのです。

[目次]

 この記事を書いた理由

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なぜこの記事を書いたかと言うと、お問い合わせが(定期的に)結構あるからです。
具体的に言うと、『100%死ぬといわれたFIPが、完治した例があると聞いた。それは本当だろうか?』という問い合わせです。それについて書かれた体験談もあるとのことで、そのURLも添えられていました。
そこで調べてみようと思いました。

 

尚、この記事は『FIPは治る!』という楽観的な記事ではありません。また『FIPの完治記事が嘘だ!』という否定的な記事でもありません。
――なぜFIPが治らないと言われるのか?
――なぜFIPが完治したという記事がるあるのか?
この2点について、客観的かつ具体的に掘り下げたものです。
実はこの2つを掘り下げたことで、FIPの実体が浮かび上がってきます。

 

 この記事の構成

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さて、この記事の作成にあたっては、2名の医療関係者の協力を仰ぎました。
1人目は当サイトにも寄稿していただいているオタ福さん。獣医学生さんですが、知識は間違いなく、ほとんどの獣医さんよりも上です。足りないのは臨床経験だけ。獣医大学卒業の数年後にはスーパードクターだと、勝手に思っています。

もうお一人は、開業医である木佐貫敬先生。筆者が最も信頼する獣医さんで、海外での臨床経験が長い方です。
(お二人の紹介は、巻末で改めて)

記事は下記のように構成していきます。

1.前半はオタ福さんの執筆記事
2.後半は木佐貫先生の執筆記事
3.まとめ、および随時のガイド役を筆者が行います。

お二人の執筆記事には重複部分がありますが、敢えて整理はせず、そのままにします。手を加えることで、ニュアンスが変わるのを避けるためです。
共通テーマでの論文集のようなものです。

筆記者は、項の見出し画像で区別できるようにしたあります。
(木佐貫先生:シャムネコ、オタ福さん:トラ猫、Withcat:黒猫)

それでは話を進めていきましょう。
難しい内容ですが、可能な限り平易に書くつもりです。

尚、本記事は2話構成の連載記事となりますが、2話目の一番最後に、『FIPと診断されたらどうするか?』というまとめを添えておりますので、もしも愛猫がFIPという当事者の方は、最初にそこから読まれるのも良いかと思います。

 

 1-1 FIPとは 

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猫伝染性腹膜炎(通称:FIP)という、猫の伝染病をご存知でしょうか?
FIPは猫コロナウイルスというウイルスに感染したことで発生する、非常に致死率の高い疾患です。一度、この病気を発症してしまうと完治することは無いという報告があります。

先日 Withcat(本記事の配信元)から、「FIPが完治した症例があるようなので検証してみたい。協力してほしい」という申し出がありました。聞けば最近、FIPに関する問い合わせが多いのだそうです。

依頼を引き受けた僕は、まずはFIPについて、論文や医学書を調べ直してみることにしました。

結果はストレートに書くと専門的過ぎるので、噛み砕いて解説し、僕の主催する『オタ福の語り部屋』にまとめました。以下はFIPの概要です。

 

 1-2 猫コロナウイルスが引き起こす2つの病気

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先ほどの重複になりますが、猫伝染性腹膜炎(FIP)とは猫コロナウイルスによる感染が原因で起こります。しかし、猫コロナウイルスに感染したからといって、必ずFIPを発症するとは限らないのです。猫コロナウイルスが原因となる病気は大きく分けて2種類あります。1つは“FIP”。そしてもう1つが“猫腸コロナウイルス感染症”です。

猫腸コロナウイルス感染症とは症状自体は軽く、下痢や嘔吐がたまにみられる程度の感染症です。主に消化管に感染し、ウンチとともに排出され、他の猫へ感染していきます。

一方でFIPはコロナウイルスの遺伝子が変異したことで、病原性が増してしまいます。その結果、腹膜炎のような強い炎症反応を引き起こし、死亡してしまうのです。

猫コロナウイルス感染症は、自分の免疫が出来ます。一方でFIPはウイルス遺伝子が変異し、免疫細胞に入り込むことで免疫が破綻してしまいます。免疫が破綻するという意味ではニュアンスはエイズに近いものです。

要するに、2つの病気は同じウイルスですが、体の中で起きていることは全く異なるということです。

 

 1-3 FIPの検査

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ではなぜ、そんな強烈な炎症反応を引き起こすFIPが完治したという症例があったのでしょうか?
そこには検査結果の落とし穴があるのです。
FIPの検査方法についても、『オタ福の語り部屋』にまとめておきました。

検査の診断精度とはどのようなものなのか

上記リンクに示した検査方法は教科書的で、実際の現場でこのフローチャート通りに検査が行われることはあまりありません。
臨床現場で行われるのは血液検査です。猫コロナウイルスに感染していた場合、血液中にいる猫コロナウイルス抗体が過剰に増殖し、ウイルスを倒そうと頑張っています。なので、血液検査で抗体の量を調べるとウイルスが増えていることがわかります。

しかし、この検査結果には盲点が、大きくは2つあります。

1つ目は猫コロナウイルスのワクチンを接種している場合です。
この場合、インフルエンザの予防接種と同様に事前に弱毒化したウイルスを体に入れることで、本命である野生株のウイルスが体内に侵入した時に戦える状態を整えているのです。つまり、抗体が血液中で増殖していて当たり前なのです。

もう1つが、単なる猫コロナウイルス感染症であった場合です。
この場合、猫コロナウイルスに感染しているので軽度な嘔吐や下痢が見られるものの全身状態はそこまで悪化することなく、全快できます。しかし、ちゃんと猫コロナウイルスに感染しているので、血液中の抗体は上昇しています。

 

 1-4 FIPの診断(以上の事実から言えること)

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このような事象を考慮し、言えることは血液検査の結果で猫コロナウイルス陽性が出たからといってFIPだと考えてはいけないと言うことです。ワクチンであっても、猫コロナウイルス感染症であっても、抗体は上昇します。

本当にFIPと知るには

血液検査の結果が診断できないとすれば、どうすればFIPに感染したかどうかを確認することができるのでしょうか?
FIPに感染していると知るためには

1. 全身状態の悪化
2. 腹水・胸水での抗体の確認

上記の2つは必須になってきます。

FIPを発症している場合、強烈な炎症反応を引き起こしているので、かなり体は負担を背負っています。そのため、全身状態は重度に悪化しています。
次に腹水・胸水などの体腔貯留液で抗体が上昇していないかということです。ワクチンの接種により血液中で抗体の上昇はしばしば見られますが、腹水・胸水にまでその上昇が見られるということはFIPの発症が示唆されます。
先ほど挙げた2つの条件を満たしている場合、FIPの可能性が高くなっています。

ただし、これらは飽くまでも可能性の話です。
次回の木佐貫先生の記事にも出てきますが、本当の確定診断は、組織の採取が不可欠です。ストレスが禁忌のFIPで、高侵襲の全身麻酔や生研針を使うことには疑問があります。

FIPの治療は、基本的には確定していない段階で行われていくと考えた方が、現実であると思います。

 

 1-5 FIPの予後と、完治の可能性

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FIP感染猫の予後はどのくらい?

詳しい予後については下記の記事に掲載しています。

僕が調べた限り、FIPを発症した猫で全快した猫の報告はありませんでした。最も長生きした猫で200日という報告を見つけました。その他の詳しい予後ついては上記のFIP③の記事を参考にしてください。

FIP完治はあり得るのか?

FIPに関する論文を色々と調べてみた結果、やはり完治した猫はいませんでした。僕自身、完治する可能性はほぼゼロではないかと思っています。

現在、発症した後に施せる治療も少なく、猫コロナウイルスのワクチンに関してもそこまで予防効果が無いということがわかっています。

現時点での見解

今回はFIPの完治した症例があったという問い合わせを議題にお話を進めてきました。僕はこの症例に関して実はFIPではなく、猫腸コロナウイルス感染症やワクチンによる血液中抗体の上昇をFIPだと勘違いしたのではないかと考えています。

FIPと猫腸コロナウイルス感染症は検査結果が同じ陽性であったとしても症状や予後は全く異なります。猫コロナウイルスに陽性だったからといって、全ての猫がFIPで死んでしまうと考えるのは早計です。

やはり、全身状態とどこから採取したサンプルで検査しているのかを冷静に考えることが必要なのだと思います。


 追記1:医療関係者による見解と、オタ福さんへの質問

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ここで参考として、オタ福さん見解に関する、医療関係者の意見を追記しておきます。これは筆者が聞き取りをしたものです。

FIPと診断された猫が、実は猫腸コロナウイルス感染症であったというケースは、あり得ることだと思います。誤診とまでは言えないものの、獣医の判断ミスの可能性があります。

どういう場合にそれが起きるかというと、
総合的に病気を解釈できていない獣医師が、試験結果だけから判断を下した場合などです。あるいは、勉強不足のために『猫コロナウイルスの感染が陽性=猫腸コロナウイルス感染症=猫伝染性腹膜炎』と解釈してしまっている可能性もあると思います。

医療関係者の意見(匿名)

しかし、ここで疑問が生じます。
FIPが実は猫腸コロナウイルス感染症であった場合は、症状は比較的軽度で済むはずで、そう時間をかけずに体調は改善するはずです。たとえ誤診があったとしても、それほど大問題なるとは思えません。

また、どんなに不勉強な獣医師でも、さすがに目の前で治る猫を、FIPとは診断しないように思います。

以下のことが、考えられるのではないでしょうか?

①猫腸コロナウイルス感染症が重篤化する可能性
②別の病気を発症している猫が、たまたまFIPの偽陽性でもある可能性

このことについては、オタ福さんに更なる質問を投げかけてみました。
次項はオタ福さんからの回答です。

 

 追記2:偽陽性の状態で、FIP同様の症状を呈する可能性

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猫腸コロナウイルス感染症が重篤化する可能性

調べたところ、前項①のこのケースは、たまにですがあるようです。ある文献では、数ヶ月間続く下痢、嘔吐、体重減少が主な症状であり、治療が効きにくいケースが報告されていました。ただし、この文献の引用元が論文ではなく専門書であったために、裏付けは取れていません。

そのほかに論文を探ってみたところ、そういった重症例はSPF猫(特定の病原体を保有していないと証明された実験用の猫)で発生例があるようです。

特定条件下で発生するということであれば、同じ条件を揃える個体が存在することも十分に考えられます。またそれとは異なりますが、猫コロナウイルスへの感受性が非常に高い(過敏な)猫というのは、生物学的には存在しうるもののように思います。

今回調べて知ったのですが、FIPウイルスには1型や2型などサブタイプがあり、微妙に遺伝子が異なるようです。ここまで行くと全てが可能性の話になってしまい、最早ウイルス学者が語る世界で、臨床獣医の域から脱した感があります。

別の病気を発症している猫が、たまたまFIPの偽陽性で最もある可能性

前項②のケースについても調べてみましたが、当たった専門書の中では言及されていませんでした。ただ、単純に考えてそれはあり得ることのように思います。別の病気を持った個体が、コロナウィルスに感染すれば良いだけの事です。

感度特異度について

前項①②とは違う話題ですが、感度特異度についてもお話ししておきましょう。

感度とは『検査したい病気にかかっていない時に、検査結果が陰性を示す百分率』であり、特異度とは『検査したい病気にかかっている時に、検査結果が陽性を示す百分率』を言います。

FIPウイルス検査においては、抗体価検査はあまり診断精度は高くありません。
Rivalta反応という試験の診断精度は感度:91.3%、特異度:65.5%です。
陰性であれば、約90%は本当に陰性で
陽性であれば、約35%が実は陰性の可能性があるということです。

RT-PCRを用いた検査では特異度が96%で感度も悪くないという報告があります。
陽性であれば、約96%が本当に陽性だと言えます。

よってこの感度特異性の観点から診断を論じると、

・抗体価の診断結果だけでなく全身状態の確認を行うこと
・Rivalta反応とRT-PCRで陽性を確認できること

によって、確度の高い診断はできるでしょう。

しかし、これはかなり教科書的なお話であり、実際の臨床現場ではここまでガッチリと検査することはあまりないと思います。

また繰り返しになりますが、確定診断は検体を採取した病理検査が必要です。

 

――FIPについて考える(1/2)つづく――

構成:高栖匡躬、解説:オタ福
※作者の紹介は、第2話の最後に設けます。

オタ福
 ▶ 作者の一言
 ▶ オタ福:犬の記事 ご紹介
 ▶ オタ福:猫の記事 ご紹介
  

――次話――

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

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