犬派の僕が猫と暮らす理由|4章
ひとつの命を感じること

今回のお話はねこさんが入院する前であり、カラー装着した日までさかのぼる。
この頃、とある人物から「ヤバいんだけど」という連絡を、ぼくはもらっていた。
言わずと知れたハットリくんである。
「どうもさ、おまえと同じで捻挫したっぽい」
ぼくがねこさんを獣医さんに連れて行く車中で、そんなことを言われた。
実は、ねこさんを拾う二か月ほど前である四月に、ぼくは階段を踏み外して右足首を一回転させてしまうという自損事故を起こした。三段くらい踏み外しただけなので、骨折に至らなかったのは幸いだったが、それでも四ヶ月も経っても完治できていないほどにはひどい捻挫だった。
それと同じようなかんじになってしまっているというのだ。
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彼の場合は左足であるのだが、立ち上がったときにどうも足首をひねったらしい。ひねった瞬間はなんともなかったが、徐々に膨らんできていると、彼は嬉々として語っていた。
「病院行けよ」
「まぁ、一日、様子見だな。この痛みが明日も続くようなら行ってくるわ」
「早いほうがいいぞ。明日になったら歩けなくなっているかもしれないし。経験から言わせてもらえば、受診は絶対に早いほうがいい」
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アドバイスはしたが、結局、彼は病院には行かなかった。
獣医さんの診察を終えて帰宅。ねこさんの様子を見ているぼくに再び、あの男から写メが届く。送られてきた写真を見て、正直、大笑いした。
足首がなく、膨らんでいた。しかし膨らみ方が奇妙だった。くるぶしのところだけ、ぽっこり膨らんでいたのだ。
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『悶絶』
そんなメッセージが送られてくる。腫れがどんどんひどくなっているらしい。
だから医者に行けと言ったのに、人のアドバイスを聞かないからそうなるのだ。
『残念だ。なんだ、この足。おやすみ』
ぼくはねこさんのことでいっぱい、いっぱいであったため、素っ気なく返事をすると、そのままその日は寝てしまった。
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すると翌日。腫れがマックスになって痛みが和らいだハットリくんから『病院に行った』という連絡が入った。どうやら骨折ではなかったようで、医者からは『痛風』が濃厚だと言われたらしい。
ただし、検査結果待ちのため、あくまで暫定である。
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痛風は総カロリーが高いと尿酸値が高くなり、かかりやすくなる病気らしい。
風に当たる程度でも激痛が走るようなのだが、この説明で、ぼくは普段の彼を思い浮かべた。ご飯を食べた後にスナック菓子をぼりぼり貪るようなヤツだ。ご飯の量もかなり多い。
酒は飲まないが、塩分摂取量は尋常ではない。何度も塩分は控えたほうがいいのではないかと話したが、それも聞き入れることなく好き放題の乱れた食生活。
そんな彼だから、痛風になってもおかしくはない。ただし、なにもしなくても非常に痛いというので、本当に痛風なのかは、この時点から疑わしかった。
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そして、その夜のこと。半泣きでハットリくんから連絡が入った。この日はねこさんが一回目の抗生剤を投与された日でもある。
送られてきた写真は昨日の比ではないくらい足が腫れあがり、象のようになっていた。むくみとは違うのだが、むくんだ足の人のようになってしまっているのだ。心臓疾患のあった亡くなった祖父の足にそっくりだった。
医者に行っても痛みはまったくなくならないという。
それでも、なんとか医者で貰った薬で痛みを散らし、包帯を巻いて摩擦から皮膚を保護してやり過ごす。端から見ていて、聞いていて、そんな彼の姿は非常に痛々しかった。
結局、ねこさんが入院した後で出た血液検査の結果から、『痛風』という診断は下されなかった。尿酸値は通常の範囲内だったのだ。それでは、なんの病気だったのか? 医者はその病名を特定できなかった。しかし、奇妙な質問をされたという。
「動物に噛まれたかって聞かれたんだよ。で、思い当たるの、一匹しかいない」
「……それは、もしかして、うちの子のことかな?」
「アイツにしか噛まれてないもん」
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この時期、タイムリーと言えるくらいの全国ニュースがあった。
『野良猫にかまれた女性が、「マダニ」が媒介するウイルス性の病気「SFTS」(重症熱性血小板減少症候群)を発症し、約10日後に亡くなっていた』
と、いうものである。このニュースもあり、軽度のSFTSだったのではないかと考えているが、実際のところ病名はハッキリしていない。ただ痛風でも、膠原病でも、リウマチでもなかったのはたしかなのだ。
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ねこさんのつらさを、その身で持って実際に体験することになったハットリくんには非常に申し訳ないのだが、これは気をつけなければと思えた実体験でもある。
彼以上にねこさんに噛まれていたが、ぼくが発症に至らなかったのは免疫力が高かったためとも考えられる。もちろん、そんなひどい噛まれ方もしていないのだけれど、よかれと思って保護しようとして、野良猫に噛まれる。その猫が、マダニが媒介するウィルス性の病気を持っている可能性はゼロではない。
実際に、こういう事態に身近な人間がなっていることを考えれば、可哀想だからと思っても、弱っている動物に迂闊に近づくのは危険な行為なのかもしれない。
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保護するときは、また、保護した動物がウィルス感染をしているかの検査をしていないときは、保護した自分の身をしっかり守ってやらねばならない。そんな教訓をもらった気がする。
命を救う――
それはいろんなリスクを伴う行為であり、簡単にはいかないものである。そんなことを知ることができた、友人の不運だけれど、とても貴重な体験だった。
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重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、主にウイルスを保有しているマダニに咬まれることにより感染するダニ媒介感染症です。
引用元:厚生労働省:重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について
感染症法では四類感染症に位置付けられています。
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【余談】
――ひとつの命を感じること(4/12)つづく――
作:紫藤 咲
▶ 作者の一言
▶ 紫藤 咲:猫の記事 ご紹介
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――次話――
「にゃー! にゃー!」
獣医さんに面会に行くと、益々ねこさんは元気になっていた。
かわいらしさ全開!
先生は言った。
「連れて帰る?」
それは、仮退院が決まった瞬間だった。
――前話――
『死ぬ確率のほうが高い』
そう医師から言われた日の翌々日、ぼくは病院に行った。
ハットリくんは、猫さんが元気になる夢をみたから大丈夫だという。
本当だろうか?
彼の霊感はすごいが、ぼくは半信半疑である。
やがて、ねこさんがやってきた。
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本クールの第1話目です――
ねこさん不在の寂しさを救ってくれたのがSNSでの交流だった。
そこで想うのが『引き寄せの法則』だ。
『強く願ったことが叶う法則』である。
みんなが祈ってくれたら、きっとその思いは――
――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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個人の保護エピソード――
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――作者の執筆記事です――