私の空、マナ 11話
初めてのワクチン接種から、1ヶ月が過ぎた1月6日。
この日はマナの、2回目のワクチン接種でした。
この年、私の住む地方は記録的な大雪に見舞われました。当日も折り悪く雪。
マナをキャリーバックに入れて担ぐと、私は少し雪がちらつく道を動物病院へと歩きます。何故か私はこの日もドキドキして、胸騒ぎが止まりませんでした。1回目のワクチン接種に行く時と同じです。
マナは元気でどこも悪い様子もないというのに……
でも、その胸騒ぎは杞憂ではありませんでした。
やがて私はそれを知ることになるのです。
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それでも、マナと一緒に歩くのは、私にとって楽しいことでした。どんな時でも、マナと一緒にいられる時間は貴重だったからです。
たまに病院で、人を恐れないネコさんに会うと、マナもいつかはこんな風に人に慣れてほしいと思いました。私はマナに、みんなから可愛がられる優しい子に育ってもらいたかったからです。
だけどこの3ヶ月間を振り返ると、マナはどうしようもないくらいにビビりっ子。そのビビりっぷりは異常にさえ感じられました。
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雪を見ると、クリスマスを思います。クリスマスと言えばケーキ。
と、ここで思い出しました。クリスマスの頃のエピソード。
私の会社には毎年、近くのお菓子アカデミーの生徒さんがケーキの注文を取りにやってきます。いつもそれを楽しみにしている私は、またその丸いケーキを買いました。
何号かわからないけれど、絶対にひとりでは食べられない大きさです。それは分かっているんですけれどね。つい。
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ケーキを持ち帰った私。
それを部屋に置いて、玄関の掃除をしていました。
扉を開けた時なのですが、お隣りのそのまたお隣りにお住まいの方が、ちょうど帰宅をなさるのに鉢合わせ。私はとっさに「ケーキあるんですけど、お食べになりませんか?」と声をかけてしまいました。一人でそのケーキ、どうしようかと思っていたんですよ。
「あ、食べますけど」
と、お隣のお隣さん。きっと驚いたでしょうね。
『よしゃあ!』は私の心の声。善は急げと、丸いケーキの半分を自分のお皿に移すと、箱のままその方の部屋に持って行きました。
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~♬♬ ピンポーン ♬♬~
「はいどうぞ」
と、ケーキを差し出す私。
「えー? いいんすか? いいんすか?」
「ぜーんぜんいいですよ」
だって今夜半分のケーキを食べたら、もう明日食べられませんから。
「ネコ飼いました?」
と尋ねられ、「ネコ拾って飼いました、どうぞよろしく」と答えてから、「でもビビりで、全然他の人に慣れないんです」と付け加えました。
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その後、しばらく時間が過ぎて――
~♬♬ ピンポーン ♬♬~
と今度は我が家の呼び鈴が。
(呼び鈴ですからね。インターホンではありません)
扉を開けると、さっきのお隣のお隣さん。
「これ、子猫にあげて下さい。食い付き良くなると思いますから」
そう言って手渡されたのは、チュールでした。
私は本当に感謝しました。マナ、こんなに優しい隣人さんばかりで幸せだねと。
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マナを見せてほしいと言われて、抱っこして玄関に連れていくと、マナは爪を出して私にしがみつきました。
「この子、何かあったんすかね。違うな、何か違う」
ネコ好きのその方は、マナに何かを感じたようでした。もしかするとその何かは、私が動物病院に行くときに感じたあの胸騒ぎと、同じものだったのかもしれません。
さて、お話は2回目のワクチンに戻ります。
動物病院に行くと、医師は相変わらず寡黙です。体重を計り、蟯虫検査が終わりました。異常はなし。2回目のワクチンも3種混合にしますと言われました。
実は1回目の時、医師と何種ワクチンにするか話しをしたのですが、その時私は、ネコの白血病を心配していました。しかし「外に出ないのならば」と医師から言われ、3種になっていました。
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白血病というと思い出す話があります。
ずっと昔のこと。実家のシーズー犬がお世話になっていた病院で、私は「飼うなら犬かネコかどちらがいいのですか?」と質問したことがありました。
すると医師は犬を勧めてからこう言いました。
「犬の病気は人間と型が違うので人にうつりませんが、ネコの病気例えば白血病などはうつることがありますので」
何せこちらは素人ですし、当時まだ学生だった私は、「そうなのか」と、その間違った知識を鵜呑みにしてしまいました。
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それともう一つ――
実は私は、血液の癌と呼ばれるリンパ腫で母を亡くしています。だから血液の病気の厄介さを嫌というほど味わっていました。マナが何かの拍子に外に出てしまって、白血病に罹ったらどうしようという思いがありました。
若葉マークの飼い主ですからね。様々なことが頭をよぎるのです。
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しかし2回目も1回目と同じ理由、「外に出ないから」ということで、結局3種のままになりました。
こうやって2回目のワクチン接種は終わりました。
次に医師からは、避妊の話をされました。
「2週間後に避妊のための血液検査をしますので来て下さいと」
とのことです。
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これで、この日の診察は終わりました。
マナをキャリーバックに入れた私は、「無事に終わったね」と言いながら、雪が薄く積もった歩道を歩き、帰路についたのでした。
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さあ、マナ
家に帰ろう!
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この日は休日。
アパートに戻った私は、マナと楽しく過ごしました。
朝に感じた胸騒ぎのことを忘れて。
しかし2週間後の検査で、私は思わぬことを知らされることになります。
でもそれは、もうちょっとだけ、先の話……
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余談ですが、クリスマスの話をもう一つ。
小学校低学年の頃の私は、絵本で読んだサンタクロースを信じていました。
だからある年のクリスマスイブ。私は寝る前に、ベッドの頭の上に、洗濯しても泥汚れの落ちないヨレヨレの白い靴下を吊るしておきました。
朝目が覚めた私――
サンタクロースさんがプレゼントを入れてくれたかなと、靴下を見ると何も入っていませんでした。がっかりしました。本当にがっかりしました。
そして幼いながらに考えました。
「そうだ! 私の家には煙突がないから、サンタさんが来なかったのだ」と…
小さなお子さんを持つ親御さんは、繊細な子供の夢を、ぜひ叶えてあげてほしいと思います。
でもね――、現実に直面するのもまた人生。
もしそうでなかったとしても、大人になって思い出す、懐かしい経験にもなるな。
そんな風に思う、マナの同居人なのでした。
――二人に舞い降りたものは何?(1/11)つづく――
作:あおい空
▶あおい空:記事のご紹介
構成:高栖匡躬、樫村慧
――次話――
――前話――
前クールの最終話です。
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――この連載の1話目です――
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