私の空、マナ 26話
マナがFIVと診断されてから、病気には注意を払わなければならなくなりましたが、マナとの楽しい生活には変わりがありませんでした。それは今までお話した通りです。
マナは拾ってから4か月でFIVとわかったけれど、もしも拾ったその日に、FIVと診断されていたとしても、私は絶対にマナを手離すことはなかったでしょう。幾ら病気だからといって、月齢1ヶ月半、400グラムの小さな可愛い生命を捨てることなどできるわけがありません。
私はその思いを、大声で宣言したいくらいの気持ちです。もしもその思いを叫んでみろと言われるのであれば、私はいつでもどこでも叫ぶでしょう。
『マナは運命の子、私はいつもマナと一緒』
だと――
あの日から私は、FIVについて沢山のことを学びました。
例えば以下のようなことをです。
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赤ちゃん猫は感染していなくても「陽性」になることも
母猫がFIVに感染している場合、抗FIV抗体も一緒に譲り受けている場合があります。母猫から生まれた子猫は、必ずしもFIVに感染しているとは限らないのですが、抗体を譲り受けたことで検査では陽性の結果が出る可能性があります。子猫の場合は「陽性」の結果が出ていたとしても、6ヵ月齢以上に成長後に再検査する必要があります。
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つまり、月齢6ヶ月を過ぎると、小さな頃に陽性反応が出ていたとしても再検査で陰性になっていることもあるということです。
マナがFIVの検査をしたのは、月齢6ヶ月の頃です。
”頃”と曖昧なのは、マナは拾われたので、誕生日が分からないのです。
最初に月齢を医師に聞いた時、医師はこう言いました。
『個体差があるのではっきりとはいえませんが、7月半ば以降に産まれたと思います』
恐らく医師の見立ては間違いないのだと思います。
しかし、しかしですーー
私にはほんの少し疑問があるのです。
FIVの判定は1月20日でしたが、その時点でのマナの月齢は定かではなかったはずです。
”7月半ば以降に産まれた” ということしか分からないのですから。
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加えて言えば、私が部屋に落ちていたマナの乳歯を見つけたのは、医師から『乳歯から永久歯に全部はえかわっていますね」と言われた後のことでした。
1月6日にワクチン接種の時にそのことを言われ、1月14日と17日に私が乳歯を見つけています。
前にも書きましたが、調べてみたところ、乳歯が生え変わるのは、月齢5ヶ月~6ヶ月なのだそうです。
う~ん…マナはギリギリ6ヶ月になっていなかった可能性がある!
「もう一度検査をしてもらおう、検査で陰性が出るかもしれない」
まさに一縷の望み。まるで芥川龍之介の『1本の蜘蛛の糸』
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8月25日、私はマナをキャリーバックに入れ、首にタオルをかけて夏の日射しの道を歩きました。この時にはかつて(FIVの検査をする前まで)のような、嫌な予感とドキドキは全くありません。
この検査が、私にとって最後の賭けでした。
もし陰性ならば、マナがFIVを発症するかもしれないという心配が消えます。
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夏の太陽が照りつける道を歩き、やっとのことで病院に着きました。
「今日はどうされましたか?」
そう受け付けの方が良い終わる前に、「FIVの再検査だけに来ました」と言いました。
待合室を見渡すと、何匹かのワンちゃんとネコちゃんがいました。
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「マナはエイズなので待合室では待てません」
と私の方から言いました。他の子たちにうつしたくないという一心でした。
それに、万が一にも院内感染のようなことがあって、病院の経営を危うくするような迷惑をかけたくありません。
「では、車の中で」
と受け付けの人が言いました。
「歩いてきたのです、車はありません」と私。
「ではこちらへ」と言われて第2診察室へ通されました。
第1診察室よりも少し狭いですが、そこには診察台と椅子がありました。
ここで私のひがみ根性というか、心の弱い部分が顔を出しました。
敢えて書きたいと思います。
自分から別室を望んだことです。それはわかっています。
人間だって、伝染性の病気で診察を受ける時は、待合室で他の患者さんにうつらないように注意します。でも私はやっぱり、マナが普通だと思いたいのです。普通にワンちゃんやネコちゃんを挟んで、そこに居合わせた飼い主さん達と、和気あいあい話がしたいのが本心です。
こんな気持ちを抱えつつ、私は第2診察室へ入りました。
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今までは、開院と同時に来るとそんなに待ち時間はありませんでした。
多分この日も同じなのですが、何故だか長く感じます。待合室の様子や受け付けの様子という、目からの情報が入ってこないせいかもしれません。
私は診察台の上に置いたキャリーバックから、マナを出して膝に乗せました。扉は前と後ろにあります。1つは待合室に出る扉、もう1つは病院の奥に続いていて、看護師さんが達が忙しく動いている姿が伺えます。
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私は看護師さんが扉近くに見えた時、ほんの少しだけ扉を開けて「キャリーバックから出していますので、扉を開ける時は声をかけて下さい」と言いました。もし不意に扉が開いて、そこからマナが飛び出してしまうと、皆さんに迷惑が掛かります。
――ここでも私の弱い心が顔をのぞかせます。
ああ、入り交じる、ひがみ根性と理性と常識。
抱っこをすると、マナはいつもと違う何を感じているようで、恐がっていることがわかりました。私は「だいじょうぶだよマナ」と言いながらマナを撫でました。
首から下げたタオルからは、汗の匂いがしました。
マナは、いつもフミフミする私の腕と体の間に顔をうずめています。
「ここが1番安心するんだよねマナ」
それは隔離という、孤独の中のマナとの時間でした。
待つこと1時間半、ようやく看護師さんが来てくれました。
カートには、マナから採血するための器具が乗っていました。
まずはエリザベスカラーをして、採血が始まりました。看護師さんは素手でした。
注射針を抜くときに看護師さんが血液に触れないか心配です。もし手に少しでも傷があれば危険です。猫は毛もありますし、血管は細くて手袋をしていても採りにくいのでしょうか?
「FIVは人にうつらないのが、前提ってこと?」
頭の中では意外に冷静に考えが巡ります。これも調べてみる必要がありそうだと思いました。(実は人にうつらないと知るのは、もう少し後の話です)
採血が終わり、結果を待ちました。
今回の検査はそんなに時間のかかるものではないようです。
30分くらいで結果が出ました。
看護師さんは、キットを指差しました。やはり青い斑点はFIVを示していました。
最後の望みは絶たれたわけですが、前回のように錯乱して涙が止まらないということはありませんでした。マナをキャリーバックに入れて帰宅する私は平常心でした。
マナが逃げこんだ藪の横を通ると、9月8日のあの時と同じく藪は深い緑の草と絡まりあう木の枝。私はそれを見て、また神さまから「本当に飼えるのか?」と試されたあの時を思い出して笑顔すら浮かべ、キャリーバックを肩に誇らしげに歩いていきます。
私はマナを愛してる、そして幸せなのです!
こんなことを言っていますが…
『ひがみ根性』は治ってないんですよね。
それがなぜか? は、また後のお話しで。
とにかく今は額を流れる汗を首にかけたタオルで拭きながら幸せな同居人なのですから。
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ちなみに、マナが動物病院へ行ったのは、
・12月9日 健康診断とワクチン接種が2回目
・1月6日 ワクチン接種が3回目
・1月20日 避妊手術のための検査が4回目
・8月25日 FIV再検査が5回目
そして、避妊手術に対する私と医師の鏡のような逆転も『ひがみ根性』のお話しと共にできればと思います。
どうなる? マナと同居人!
ずっと締めの文句で使っていた言葉――
その言葉は、私の心の中で、確実に変化したように思います。
見て、マナと同居人の愛と信頼の物語!
――二人の未来を紡いでいこう(5/9)つづく――
作:あおい空
▶あおい空:記事のご紹介
構成:高栖匡躬、樫村慧
――次話――
猫のお風呂はどうしていますか?
「うちは年に1回美容室へ行くだけ。猫は自分で体を舐めてきれいにする動物だから、それでいいと思う」というのが、あるネコ友さんのご意見。
しかし私は、マナをお風呂に入れてあげたいと思いました。
――前話――
網戸を閉めたまま「マナ危ないよ、車来るよ」と言い続けた日々。
やがて、マナの反応が変わってきました。
私は、マナを試すことにしました。
さて、マナと私の信頼関係は?――
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――この章の1話目です――
マナがもう外にいかないように、わたしは窓の網戸を締めました。
「危ないよマナ、車来るよ」
網戸越しに外を見るマナに、囁き続けた1カ月。
マナは何かが変わったようでした。
――この連載の1話目です――
初めての一人暮らしで選んだのは、長屋風の安い物件でした。
テレビも洗濯機もなく、私のボンビー生活がスタートしたのです、
気づけばそこは、不思議なアパート。愛すべき隣人たち。
でも、2年が過ぎた頃にはもう――
私の淋しさは限界でした。
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