犬派の僕が猫の多頭飼いを始めた理由
ブログタイプのエッセイ作品で、面白いことが起きた時だけの不定期更新となります。
どうぞお楽しみください。
猫の多頭飼いをしてみたい|多頭飼いは初めてだけれど、大丈夫だろうか?|経験者の体験談を読んでみたい
48時間が勝負
かかりつけの獣医さんに診てもらえたのが、午後7時半過ぎた頃だった。
先生に経緯を報告。
ライはすぐにレントゲンを撮ることになった。
アシスタントの女医さんに抱っこされたライの左足は、だらんと伸びきっており、診察台には微量ながらも血痕がある。
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骨折しているのは素人のぼくの目にもわかったし、前足や後ろ足の関節部分には擦れた傷があった。出血はそこからのものだった。
即時入院となった。
先生には48時間が勝負だと言われた。
その間で急変したら命は救えないとも――
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先生にすべてを託してぼくは診察室を出た。
肺炎で入院したときと同様に同意書にサインをすることになったが、何度書いても慣れるものではない。
大いに不安を抱きつつも帰宅せざるを得なかったぼくにできたのは祈ることだけだった。
皆に祈ってもらおう
彼を失うのか。
せっかく肺炎を乗り越えて命をつないだのに、無知なぼくのせいでまたしても彼の命の灯を消してしまうのか。
どうして追ってしまったのか?
どうしてケージへ入れておかなかったのか?
後悔ばかりがぐるぐると頭の中を占拠した。
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だけど、後悔していたって彼の命は救えない。
そんなぼくとライを心配して、友人ハットリが帰宅途中に連絡をくれた。
彼に入院したことを告げると、こんなことを訊かれた。
『おまえ、ライの好きな毛布いっしょに持って行ったか?』
――おおおおおおおおっ!
なんてこった!
ライが飛び降りたことに動転しまくっていた、かつ彼を生きた姿で見つけられたことに舞い上がっていてすっかり肝心なことを忘れ去ってしまっていた。
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前回の肺炎での入院でも学んだことなのに、いざというときに学んだことが活かされないという残念さにぼくは地団太を踏みたくなった。
大好きな毛布。
いつもウールサッキングしてゴロゴロ喉を鳴らす彼のお気に入りを持って行かねば!
「明日持って行くよ!」
大事なことを忘れてしまっていたので、その後ハットリには『本当にダメなヤツだ』とさんざん言われたのも、今振り返ればありがたい思い出だけれど、当時は本当につらくて、自分の出来の悪さに絶望したものだった。
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ハットリに『普通のことを普通にしろよ』と言われながらも、ご飯も食べられない、眠気もやってこない状況になったぼくは、そうだ――とひとつ思い立った。
前回肺炎で助からないと言われた彼に起きた奇跡を、もう一度起こそう。
命をつなぐために、たくさんの人の手を借りよう。
そうしてぼくはツイッターに1枚の画像とともに願い事を書いた。
『前に彼が死にかけたとき、たくさんの人の思いに救われました。もしもまた奇跡を起こせるのなら、お力を借りてもよいでしょうか?一緒に祈ってもらえませんか?必ず戻りますようにと。本当に身勝手な願い事なんですけど』
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たくさんの人に祈ってもらおう。
ぼくだけじゃなくて、もっともっと多くの人に「戻ってこい」と願ってもらおう。
そうやって束ねた思いの糸で彼の命をつなぎとめよう。
『元気玉大作戦second』
おかげさまで多くの人からメッセージやコメント、いいねをいただいた。
届け!
届け!
届け!
絶対に生きて!
そう祈り続けてその日は眠りについた。
電話がかかってこないことを切に願いながら――
危機を乗り切れた
朝を無事に迎えられたときは心の底から安堵した。
ああ、生き延びてくれたんだと。
急性期を乗り越えられたらきっと大丈夫!
彼は眠れただろうか。
休めただろうか。
仕事は手につかなかった。
電話が鳴らないか、気が気ではなかった。
時間の流れが本当に遅くて、いっそ早上がりしてしまいたい衝動に駆られつつも定時まで仕事をして面会へ急ぐ。
もちろん、大好きな毛布を持って――
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入院中の彼はエリザベスカラーをつけていた。
狭いケージの中でじっと動かない。
元気はない。
腹ばいになって寝ている彼の下に滑り込ませるように毛布を差し入れる。
ぼくのほうへ顔をあげてくれた彼の頭をなでて、鼻先と鼻先をくっつけた。
「ごめんね。がんばるんだよ」
いつも遊んでいる猫じゃらしも一緒に置いて、先生の話を聞いた。
今は点滴で経過を見ている途中らしい。
全身打撲の状態だから痛みは強いはずだとも。
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猫は痛みを訴えない。
じっと我慢する生き物だ。
彼は鳴くこともなく、じっと痛みと戦っているのだと思ったら、ぼくのほうが泣きそうになった。
「48時間無事に越えたら明日手術します」
パッキリと折れた左足のレントゲンを見ながら先生が言った。
ぼくは大きくうなずいた。
かくして48時間を無事に乗り切った彼は大腿骨部分に金属の棒を入れて固定する手術をすることになったのだった。
病院の診察室にて
――ねこさん、増えました・つづく――
作:紫藤 咲
▶ 作者の一言
▶ 紫藤 咲:猫の記事 ご紹介
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――次話――
本作は不定期で、その時の様子をほぼリアルタイムでお送りする、ブログタイプのエッセイです。
――前話――
ライが4階からダイブした光景は、何度も思い出されて、今もぼくを苦しめる。
その日の出来事を、より詳しく残しておこうと思う。
あの瞬間――、ぼくの心は凍り付いたんだ。
「ちーた!」
ぼくは手を伸ばした。
「ちーた!」
でも君は暗闇に消えた……
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本作の第1話目です――
運命ってあるのだろうか?
だとしたら、今回がきっとそうだろう。
きっかけは、1枚の画像――、子猫が写っていた。
『もらう?』友人のハットリ君が訊いてきた。
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ぼくはやがて白になる
大切な人を亡くすと、人間はひとつひとつ、何かを失っていくそうだ。
まず、その人の声が思い出せなくなるらしい。
それってどんな気持ちかな?
その次に、顔を忘れていくらしい。
そうしていつか、何もなくなるのかな?
あなたの心から消えたくないな――
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犬派の僕が猫と暮らす理由
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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紫藤咲の執筆作品