猫の話をしようか

なかなか聞けない猫の話。こっそりおしえる猫の話。

とりまと俺。そして無責任の終わり ~猫を拾うということ(その2)~

f:id:masami_takasu:20171209105206j:plain文:はくたく

今は家族が猫嫌いで猫を飼っていないわけだが、これまで猫を飼ったことがないわけではない。それどころか、学生時代のある時期から十年ほどは、俺の生活に猫を欠かしたことはなかった。

最初に飼った? のは学生寮に出入りしていた成猫であった。
巨大な雄の虎猫で、出会いはなんとも印象的なものだった。同じ棟の友人が、真夜中にそいつをぶら下げてやって来たのだ。

「コイツが、窓からいきなり入ってきてな……引き取ってくれないか」
季節は初夏。蒸し暑い夜のことだったから、友人は窓全開で寝ていたらしい。

首の後ろを持たれてふて腐れているその猫の顔は、何度か見たことがある。近所を徘徊する雄猫の一匹だ。

食い物の臭いをかぎつければ、共用フロアはもちろん、室内にまでも図々しく入り込むヤツで、まるでお供えのように戸口に猫缶を出している学生も何人かいた。だから、そいつが窓から侵入してきたといっても、べつに驚くには値しない。

友人の部屋が二階だったということをのぞいては、だが。

「いったい、どうやってよじ登ってきたんだ?」
「いや、なんか隣のヤツがバタバタしてたから、出窓に閉め出したんじゃないかと思う。そんでコイツ、窓伝いに渡ってきたんじゃないかな」

それは出窓というか、植木鉢が数個置ける程度の張り出しのことで、出窓同士の距離は一メートル以上はある。猫にとってはなかなか危険な冒険だったはずだ。

「なるほど、そりゃ迷惑な話だ。だが、俺が引き取る理由はないぞ。そのへんに放り出せばいいじゃないか。どっか行くだろ」
「そのどっかでまた迷惑がられるだけじゃないか」

だからといって、やはり俺が責任を持ついわれは無いわけだが、とにかくそいつはあまり猫が好きではないらしく、少なくとも今夜はゆっくり寝たいからと勝手なことを言い、猫を置いてさっさと帰ってしまったのであった。

俺は仕方なく、とりあえず虎猫を朝まで泊めてやったのである。
そんでまあ、だれかが責任を持たねばならんなら、俺が飼っているということにしてやってもいい、と思ったわけだ。

名前は『とりま』とした。

もう二十年以上前のことである。ネットスラングなどというものも無かった時代、「とりあえず、まあ」というような意味の「とりま」ではない。じつは二件隣の友人が、すでに雌猫を一匹飼っており、その名が『メル』であったから二匹合わせて『とりま』と『める』つまり『取り纏める』になる、というよく分からない理由からだった。

その頃は俺も、まだ猫を飼うということがよく分かっていなかった。
餌の世話だけしてやれば、それで飼っていることになる、くらいのつもりでいたのだ。

だから、部屋に閉じ込めておくこともなく、部屋にトイレも置かず、去勢も予防接種もしなかった。帰省や旅行で部屋を空ける時も、誰かに世話を頼むでなく、餌を余計に置いて出かけるでもない。

猫の方もそれで不満そうでもなく、健康状態も悪く無さそうで、俺が部屋にいるとどこからともなくやって来ては、餌をねだって去って行くようになった。

それからしばらくして、俺は寮からアパートへ移った。
アパートは寮から一キロ以上離れていたが、驚いたことに『とりま』はついて来た。

というか、試しに連れて行ったら、その周辺に住み着いてしまい、寮の時と変わらずに出入りするようになったわけだ。

アパートの周辺にも猫はたくさんいて、やはり学生が戸口に餌を置いたりしていた。『とりま』は体もでかくて強そうだったから、他猫のなわばりでも難なく侵略できたのだろうと思う。

その後、俺は飼育していたハツカネズミやコオロギを、この『とりま』に食い殺されたりしたが、おおむね関係は良好だった。
だが、今にして思えば……というか、こうした状況は、決してほめられたものではないようだ、ということは、その頃にはうすうす俺も分かりかけてきていた。

当然ながらアパートそのものはペット禁止であったが、勝手に「これは飼っていない。野良猫が出入りしているだけ」という言い訳を脳内でしていたわけだが、まともな大人ならそんな言い訳が通用しないことくらいは分かるものだ。

確認したわけではないが、『とりま』はご近所のあちこちで迷惑を掛けてもいただろう。

俺は相変わらず猫トイレを置かず、のみ取り首輪もせず、去勢もしてないわけだから、糞尿をばらまき、ノミを媒介し、縄張り行動で壁を汚し、金魚や小鳥を襲っていたに違いないのだ。

同じ研究室の先輩の修論が、大学構内のキジバトの生態調査だったのだが、驚いたことにかなり多くの割合で、巣が猫に襲撃されていた。もちろん、人家周辺の生物はキジバトだけではない。野ねずみ(アカネズミ、ヒメネズミ、カヤネズミ、ハタネズミなど)、小鳥(ツバメ、スズメ、セキレイ類)、蛇、カナヘビ、トカゲ、カエル類などにも、当然手を出していただろう。

「野生下で動物が生きるためにやることだから、自然の範囲内である」

という考え方を主張する方もおられるが、これはおそらく間違っている。こうした外飼い猫は、栄養は充分に得ているから、『食べるため』ではなく本能を満たすために『余興で』狩りをするのだ。

それの何が悪いのか?

完全な野生の捕食者、タヌキやキツネ、イタチは、餌となる小動物の数に生存率ひいては個体数が左右されるが、外飼い猫にはそれがない。つまり、いくらでも殖えられるし勢力拡大もできるわけで、小動物の数は必要以上に減り、それに依存する純粋な野生の捕食者達の数も減ってしまう。要するに、ちっとも自然の範囲内ではないのだ。

戦争にたとえると、どっちかのバックに大国がついているようなものだし、芸能界でいえば有力なパトロンがいるアイドル。ネトゲでいえば、課金勢と無課金勢みたいなもの。

勝てるわけがないのである。

 

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さて、その後『とりま』は、当時飼育していた時価二万円相当のヒョウモントカゲモドキ一匹を食い殺したかどで、しばらく俺の部屋を出入禁止となった。

もともと二匹飼っていたのだが、二匹ともメスっぽいと考え、繁殖のためにとなけなしの金をはたいてオスを購入した直後、そのオスを殺されたのでアタマにきたのだ。

殺されたというか、完全に食ってしまったようで朝起きたら尻尾しか残っていなかった。

まあ、そんな生きものと猫を同じ六畳間で飼うなら、もう少し気をつけるべきだったわけで、罪は『とりま』より、むしろ俺にあったわけだが。

『とりま』は、いきなり冷たくなった俺を不審そうな顔で見たが、俺は鍵付きの丈夫なケージを入手するまでは、彼を閉め出し続けたのであった。

しかし、『とりま』の方もバカではない。そのうち、彼の方から俺の部屋には寄りつかなくなっていった。その後、どうも見かけないと思っていたら、上階に住む他学部女子の部屋に、堂々と、いかにも彼氏みたいな態度で入っていくのを見かけた。

子猫でもなく可愛くもないクセに、どうやって女子をたぶらかしたのかは知らないが、うまくやったものである。

そのうち俺は交通事故で重傷を負い、数ヶ月の入院生活を余儀なくされたので、彼のことはそれきりになった。たぶん、同じような生活を続けて一生を終えたのであろう。

ともあれ、こういう無責任な飼い方をしてはいけない、という見本のような飼い方は、『とりま』が俺にとって最初で最後である。

関係が浅かった分、後味の悪い別れ方ではなかったが、こうした猫の飼い方をしてはいけないと、今更ながらに思う。

責任を持たないつきあいはラクだが、その裏で周囲に迷惑を掛けているのは間違いないからだ。

 

文:はくたく

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まとめ読み|猫を拾うということ
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週刊Withdog&Withcat
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