犬派の僕が猫と暮らす理由撮影&文:紫藤 咲
ねこさんを連れて帰るのはいいけれど、問題があることに気づくのは、帰りの道中でのこと。
情に流され、かつ、打算もあって引き取ってみたものの、ぼくは猫に関しての知識ゼロ。ノウハウなんてものが一切ない、ずぶの素人である。
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それに加えて、ぼくは根っからの犬派である。
環境的にそうなったと言えなくはないのだが、とにかく犬しか飼ったことがない。
飼っていた犬が子を産んで、目も見えない状態から数匹育ててきたけれど、それだって親犬がいたから楽なものだった。触ろうとすれば威嚇もされたし、親が隠してしっかり保育。
ぼくがやってきたのは主に離乳食時期からで、そこまで育った子犬は食欲旺盛だし、離乳食もうちの両親が購入してきたものを手順通りに作って食べさせるだけで済んだ。
排泄のしつけを手伝ったけれど、排泄はじめはすべて親犬がやってくれていた。
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だから犬はいい。なんとなく、わかる。
性格だって、行動だって、気をつけることだって、ある程度は把握している。
しかしながら、猫はそうはいかない。
飼ったことがないわけではないが、それだって仔猫からではなかったし、なにより一年という短さだ。
猫って自由ね、懐かないね……くらいの理解はできたけれど、生態なんかまったくわからない。
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で、ねこさんは、ときどき小さい声でミーと鳴きながら、段ボールから出ようと試みる。
それほど大きい段ボールではないはずなのに、あまりに小さいから、座っているとちんまり見えるねこさん。性別。月齢。種別。すべて不明。
謎だらけである。
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人間の飲む牛乳は強いから与えてはいけないのは、若かりし頃の手痛い思い出から学んではいるが、何を与えていいものか、わからない。
授乳期っぽい気がするからミルクなのだろうけれど、どれくらいの量を飲ませるのか、食事の回数もわからない。
最近はネットも発達しているから、誰かに聞けばわかりそうなのだが――
問題は目である。なにかしらの病気を持っている可能性は高い。よくよく見ると背中の毛に黒いもんまである。
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ノミ?
大問題だ。ぼくの家にはすでにブラック&クリームの色合いのメスのダックスフンドがいらっしゃる。彼女に間違ってついてしまおうものなら、大変なことになってしまうわけだ。(ひなさんの写真は下に)
この状況で思いつくのが獣医さんだった。
十代の頃から通い続けた行きつけの獣医さんは、うちの親も、そしてぼく自身も信頼を寄せるまさにカリスマだった。何度も助けてもらったし、うちのばあちゃんの柴犬も救ってもらった。うちで産まれた子犬たちもたくさんお世話になった。
そこでは里親さん探しもやっているようで、待合室には何枚もチラシが貼られていた。
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ぼくが当て込んでいる友人A、彼のことは今後はハットリくんと呼ぼう。なぜ、このあだ名にするかは彼の祖先に関係するのだが、ここでは割愛するとして、連絡はまだついていない。ヤツがダメだった場合を考えて、里親探しを獣医さんに頼めば、ぼくの肩の荷もおりる。
我ながらナイスアイデアと獣医さんに、「ねこを拾ったので相談させてほしい」と連絡をした。すると、ひとまずは相談に乗るから来院してと返事をもらう。
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よしよし、これはなかなかうまくいきそうだぞ。あとはハットリくんさえ連絡がつけば、万事うまく行くはず。
この時点でのぼくの企み。
プランA:ハットリくんに、ねこさんを託す。
プランB:獣医さんに、ねこさんを託す。
ねこさん、もう少しの辛抱だ。
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ねこさんはか細い声で鳴いていた。
段ボールから出そうになるのを押し戻しながら、ぼくは獣医さんに向かう。その道中、ついにあの男から連絡が……!
ぼくはウキウキとハットリくんからの快諾の返事を期待した。しかしながら……
「むり。引き取れるわけないじゃん」
とバッサリだった。
期待値が大きかっただけ、返り討ちの出血量は半端ではない。しかし、ここでもぼくは食い下がった。なんとか、ヤツにこのねこさんを救ってもらおうと思っていた。
いや、ねこさんというよりはぼく自身だったのかもしれないが。
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「お前の実家、猫、三匹も飼ってたじゃん。もう一度どう?」
「猫に家、いためつけられたから、もう二度とごめんだってさ」
二度目の斬撃である。
またしてもバッサリいかれたが、まだまだよと、ぼくはもうワンチャン賭けに出た。
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「んじゃ。会社は?」
「ただでさえ、野良猫が山ほどいて、まだ増えるし。間違ってひき殺したのだって何匹もいるし、会社の向かいは国道だから、何匹もトラックにひかれて死んでるぞ。そこに混ぜる気か?」
それはイヤである。絶対にダメである。死ぬ確率アップさせるだけである。
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――となると、完全にアウトだった。
ヤツはもう一度「俺は飼えん」と宣言し、「おまえが拾ったんだから、おまえが責任もって飼えばいいじゃん。運命ってやつだと俺は思うけど」と言った。
もっともだ。もっともすぎる。
ハットリくん、実は半端無い霊感の持ち主である。しかも、イタコレベル。
彼からは今後も、スピリチュアルというか、神がかり的な発言が飛び出していくことになるのだけれど、それはまた追々紹介していくとして――
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そんな彼ゆえに、ぼくはこのとき、彼の放った「運命」の一言に引っ掛かりを覚える。
とはいえ、まだ完全に道は閉ざされていないと思っているぼくは、獣医さんに里親を見つけてもらうか、おばちゃんがボランティアさんを見つけてくれるかというわずかな可能性を捨てられなかった。
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「とりあえず、相談してくる」と、ぼく。
「そうか。獣医さんに聞いたら、また連絡してくれよ。もしかしたら、病院行っても『安楽死』の可能性もあるだろうけどな」
は!? 安楽死!?
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この言葉で、ぼくはある生き物エッセイを思い出した。
そのエッセイの作者さんは、子猫を拾ったはいいが、育てることが難しく、獣医さんに安楽死させたほうがいいと言われたのだった。命の重みを知るために、自分でその子猫に注射針を刺したとのこと。読んだときに、作者さんのつらさが伝わってきた。
そのことが脳裏によぎり、ゾクリとした。
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まさかなぁ。そんなことないよな。鳴いてるし……
一応、車の移動中は小さく鳴いていたし、箱から出ようとする元気はあったのだから、大丈夫だろうと、ぼくは不安を抱えながらも、獣医さんへ行くことをやめようとは思わなかった。
「とにかく、行ってくる」
「わかったよ」
こうしてハットリくんの不吉な言葉にビビりながらも、プランAが見事に撃沈したぼくは、獣医さんの元に。
そして――
プランBの厳しさを痛感することになる。
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おまけ
ひなさん仔犬時代。
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画:筆者
――ひとつの命を拾うこと(2/10)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話――
里親探しをお願いするために、信頼する獣医さんを訪れたぼく。
快く迎えてはくれたものの、そこで現実を知ります。
「拾ってお願いしますと丸投げなら、誰だってできる」
と獣医さん。
――確かにそうだ。
考えてみようよ。
ひとつの命を救うこと。
――前話――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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