犬派の僕が猫と暮らす理由撮影&文:紫藤 咲
夜の10時を回って帰宅してみると、先住犬であるひなさんが、いつものようにぼくを出迎えてくれた。
まずは彼女に報告し、お許しをもらわねばならない。
これをクリアーしないことには、ぼくはねこさんを迎え入れることができないのだ。
もしも、彼女がNOと言うのなら、ぼくがどれほど覚悟をしようと、ねこさんのお世話は断念せねばならない。
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獣医さんの「わんちゃんと一緒に育った子は社交性のある子に育ちやすい」という言葉を胸に、とにかく彼女にお許しをもらうことにした。果たして、彼女は受け入れてくれるだろうか?
ひなさんは小さい頃、実家のわんこたちと暮らしていたため、幼少期にしっかり社会性を学んだわんこさんである。
先住犬にきっちり立場を教えてもらい、他のわんこに対しても、わりと寛容な子だ。15歳と高齢の今も、足腰はしっかりしているし、この年になっても大病という大病はしていない、とてもよくできた子でもある。
そんな彼女にねこさんの入った段ボールを見せる。ねこさんは初めての獣医さんと、環境が変わったことで元気が全くない状態。
そんな段ボールの中に顔を突っ込んだひなさんは大興奮状態。
「ワンワンワンワンワンッ!」
ほえまくる。
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しつこいようだが、夜の10時を回っている。
騒音レベルの音量でほえまくってはいけない時間帯である。
苦情が来たら、ねこさんどころか、ひなさんを飼うことだってできなくなりかねない。
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――あかーん。これはあかーん。
彼女をなだめるように頭を撫でるも、やはり得体の知れない白い物に対して、彼女の警戒心は解けず、元気のないねこさんを鼻先で転がし、ワウワウとほえまくる。ねこさん、無抵抗。
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――あかんっ。本当にあかーん!
ご対面は五分で終了。初日で仲良くなるはずもなく、ひなさんから引き離すことを決める。すんなり受け入れてくれる……かもなんて、甘かったのである。
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とりあえず、彼女から見えない場所にねこさんを移動する。
ねこさんはじっとしている。無理もない。この時点ではまだ、水も、食べ物も口にしていない。どれくらい食事をしていないかもわからないのだ。
まずはねこさんのお腹を満たしてやらねばならない。
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購入したミルクを開けて、獣医さんで教えてもらったように作ってみる。
猫を飼うことは素人であるが、ぼくは過去、何度も子犬は育ててきている。それを思い出して作ってみる。
「ホットケーキの生地よりは薄く、水よりはもったりとって……難しいじゃん!」
とろみの具合に苦労する。さらさらすぎても飲みにくく、もったりしすぎでもダメ。さらに言うなら、ひと肌温度にしなければならない。猫は冷たすぎても、熱すぎてもダメ。
――なんだ、この超難度の塩梅は!
久しぶりすぎたというのもあるが、計量カップでミルクを計り、缶に記載された水の分量を作っても、どうにもうまく作られていない気がした。それにまだ、ねこさん専用の器はないので、小さなお皿にミルクを作る。
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しかし、ぼくはわかっていなかった。平皿に少ない分量だと、すぐに冷めてしまい、ミルクは固くなってしまうということを。
急いでねこさんにミルクのお皿を渡す。ねこさん、臭いを嗅いだ後、ぺろぺろとミルクを舐める。舐めるのだが……減らない。
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作りすぎたわけではない。決して作りすぎたわけではない。むしろ、少ないかもしれないと思っていたくらいの分量なのに、ねこさんは半分も舐めればいいくらいしか飲まないのだ。
逆にお皿のなかに手を突っ込むものだから、手がミルクでべったり汚れてしまった。
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――ひぃっっっ、なんでそうなる!?
食欲はないし、手は汚すし。ミルクが美味しくないのかと、買った缶詰を少し与えてみる。臭いを嗅いで、ぺろぺろぺろと舐めるものの、こちらもまったく減らない。
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――なんで食べないの!?
ひなさんからは引き離したし、見えないところでご飯を与えてみても、やっぱりねこさんは食べない。環境が変わったことで、食欲がないのかもしれないと思い、無理に与えるのをやめて、ゆっくり休んでもらうことにしたが、その前に、もう一つやらねばならないことが出てくる。排泄である。
「ごはん食べたときに一緒に陰部を刺激して、出させてあげてみて」
獣医さんに教えられたように、ティッシュで陰部をちょんちょん刺激する。しかし、何度刺激してもしない。ティッシュを濡らしても、やっぱりしない。
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――ガッデム! なんでやねん! なんで出ないねん!
排泄断念である。とにかく寝てもらおうと、段ボールにタオルを敷き、ねこさんを休ませる。
十分に飲み食いしていなければ、出るものだって出ないことを、このときのぼくはわかっていなかった。それに、すでにねこさんはかなり弱っていたのだと思う。今ならわかる。ねこさんの衰弱は、環境が変わったからが理由ではなかったのである。
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心配が残りながらも、この日、ぼくもねこさんも就寝する。しかし、その次の日は、初日よりもさらに困ったことになってしまうのであった。
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おまけ
ひなさんが姉と慕っていたコーギー犬。
喧嘩の仕方は彼女に教わったひなさん。
――ひとつの命を拾うこと(5/10)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話です――
朝を迎えると、なんとねこさんの左目が、目ヤニでくっついている。
目薬がさせない……
――なんで? どうしてこうなるの?
食事のこと、排せつのこと、
どれもまだ不慣れなのに――
次々とぼくに襲いかかる難題。
猫初心者の闘いは、始まったばかり。
――前話です――
ねこさんの貰い手が見つかるまでは、自分で頑張ってみようと決めた、ぼく。
しかし、知らない事ばかり。
ノミの駆除も、爪を切ることも。
――そして結膜炎のこと。
獣医師の言葉に、思わず「まぢかよー」とぼく。
さあ、ここがスタートライン。
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――この連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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