猫の話をしようか

なかなか聞けない猫の話。こっそりおしえる猫の話。

こいつ諦めているからさ ~ひとつの命を拾うこと(9/10)~

ねこさん、拾いました
f:id:masami_takasu:20180813101020j:plain撮影&文:紫藤 咲

ねこさんとの共同生活二日目、土曜の夜。ついにその男はやって来た。

ねこさんを育ててもらおうと頼んだが、『無理』と即答した男である。
それでも、無知なぼくをサポートするために、現在進行形でねこさんの相談には乗ってくれているハットリくん。

彼はやって来るとすぐにカプセル(キャリーケース)に敷いたタオルの上で丸まっているねこさんをだっこした。ねこさんは嫌がりもせず、ハットリくんの手の中に収まっていた。

「写真で見てるから知ってたけどさ」
しげしげと、手の中でじっと動かないねこさんを見つめながら、彼は「本当に汚いよなあ、コイツ。洗ってやれよ」とぼくに言った。

目ヤニ、鼻水で汚くなった顔。擦っているためにくっついてしまったのだろう、前足の汚れを見て、彼は顔をしかめた。普通なら、拾ってきた時点で洗ってやるものらしい。

「ノミとりの薬、つけてもらってるから洗えないだろう?」

洗ってやりたい思いは確かにあるのだが、薬が取れてしまってノミが大量発生、ひなさんにまで寄生されては被害甚大になってしまう。それにダニやノミに刺されたことによって発生するかゆみはハンパなくつらい。

できることならご遠慮したいというのが本音である。

さらにハットリくんは続ける。
「なんか、こいつさあ。目がヤバイよね。離れてて、不細工だし」

言いたい放題である。この男の口の悪さはわかってはいる。ぼく自身もかわいい顔とは思っていない。

ねこさんはたしかにハットリくんの言うとおり、目が離れていた。
左目が腫れていたため、ひきつっていたせいで、右と左で、黒目の向いている方向が違う、言うなれば斜視のようになってしまっていたのだ。
だから不細工に見えるのも仕方ない。

しかし、必死に世話をしている自分からすれば、好き放題言われるのは少々どころか、かなり腹が立っていた。悪意はないとわかっていても「それ以上言ったら、口塞ぐぞ、このやろう!」と思ったのだ。

そんなぼくの心中など知らずに、ハットリくんは訊いた。
「こいつ、何ヵ月だって?」
「歯の生え具合から三ヵ月だって」
「そうかあ? 先生、間違ってないか? この大きさなら一ヵ月だろう?」
「先生が三ヵ月だって言うんだから、三ヵ月だろう?」
「歩き方もよたよたしてるし。なんか、骨に異常があるんじゃないか? 動きが子猫じゃないし」

普段から、たくさんの野良猫(大人も子供も)を見ているハットリくん。
彼は首を捻りながら、ねこさんの様子を見続けていた。

歩き方は頼りない――とは思う。弱々しいし、すぐに座ってしまう。走ることも、ジャンプすることもない。ない、ない尽くし。骨に異常があるのか。

そんなこと、先生はまったく言っていなかったのに――と、猫について無知なぼくはハットリくんの疑問に、逆に疑問しか湧かなかった。
いや、むしろ、さっきから、えらいケチつけまくりやがってとムカムカを募らせた。ハットリくんは、さらにぼくに尋ねた。

「こいつ、どうするの? ずっと飼うの?」
「一応、貰い手さんが見つかるまでは頑張ってみるつもりだけど」
「へえ。貰い手見つかるまでなんだ。じゃあ、名前はどうするんだ? 名前がないと不便だろう?」
「うーん。そうだなあ……」

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名前がないのは確かに不便である。
ここ二日、ぼくは名前も呼ばずにお世話をしてきた。
実に事務的なかんじがしていた。生きて血の通った命を育てているのに、言いようのない窮屈さを感じていた。

名前をつけてしまうと情が湧いてしまう。手放すときに惜しいと思ってしまう――
そんな思いと葛藤もしていた。

しかし、どうせお世話をするのなら、ちゃんと愛情持って接したかった。
期間は短いかもしれないけれど、育てると決めたのだ。

「名前」は愛情の証だ。名前を呼ぶことで愛情も伝わる――
と信じるぼくは、名前を考えてみる。

「ねこさん」ではあまりに味気ないし、貰ってくれる人が現れたときに「この子の名前はねこさんです」と紹介するのも気が引けた。

出来がいいとはお世辞にも言えない頭をフル回転させて、名前を捻り出す。
トワ。アドルフ。スノー。ホワイト。ちびすけ。ちびた。ちびのすけ。ちびたろう。ゆき。うみ……
どれもしっくりこない。

10分ほど、ブツブツ言いながら考えた結果。

「雷でライ」

とてもキレイなブルーの目。稲妻の光のような澄んだ青い目がとても印象的なねこさん。それに雷はぼくの大好きな某漫画のキャラクターが扱う力でもある。
電気ウナギの特性を持つそのキャラクターが大好きなぼくとしては、バッチリハマった名前だった。しかしである。

「ライ? 呼びにくい。リズム悪い。他のにしたら?」
「ほっとけ」

ハットリくんにケチをつけられながらも、一応命名。

「まあ、名前の通り、力強く育つといいけどな」
ハットリくんはねこさんを持ち上げ、顎の下を撫でた。まるで憐れんでいるような顔をねこさんに向けながら、彼は予想もしていない一言を放った。

「こいつ、生きることを諦めてるからさ」

ハットリくんの放ったこの一言が、ぼくのハートに火をつけることになった。
このとき、このタイミングで、こうやって彼に言われていなかったら、ぼくは頑張らなかったかもしれない。

ねこさんが思ったように、諦めてしまったかもしれない。
「なにくそっ、ハットリの言葉なんて、ぼくが絶対に覆してやるっ」と、運命に立ち向かおうとはしなかったかもしれない。

ぼくが彼の言葉の意味を強く噛みしめることになるのは、この話から二週間ほど後のこと。

『絶対に生きることを諦めさせない』

そう強く思うときが徐々に近づいてきていることを、このときのぼくはまだ知らずにいたのだった。

これがその時のねこさん
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片目が小さくなってしまっている状態。
温かいタオルで拭いたけれど、すぐにまた塊がついてしまう。
目は腫れており、ときどき左右の黒目が違う方向を見てしまっていた。
不細工とハットリ氏に言われるのは、この手の顔であった。

(余談)
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――ひとつの命を拾うこと(9/10)つづく――

作:紫藤 咲
 

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