犬派の僕が猫と暮らす理由
撮影&文:紫藤 咲
ねこさんが元気になったその日の夕方、二回目の抗生剤を打ちに出掛けた。
会社から帰ってきたときも、ねこさんはとても元気で、カプセルの中でじっとしていることがなかった。
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獣医さんはいつものごとく大変混みあっており、診察まで二時間あまり待つことになった。
ぼくが通っている獣医さんは口コミで噂が広がった名医さんで、二時間待ちは当たり前。一時間待って受診できるならばラッキーであり、早いほうで、日の出が早く、寒くない夏の日などは朝の五時前から診察の順番どりが始まっている。
診察開始の九時に行こうものなら、十五番目くらいになってしまうのだ。
一匹につき二十分近くの診察時間だとすると、十五番目では昼近くにしか診てもらえなくなる。それでも、この先生に診てもらいたいと、隣の市町村から噂を聞きつけた人まで来るのである。
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さて、ねこさんが元気なこともあり、ぼくはのんびりと受診までの二時間を待っていた。
いつもと違う活発なねこさんを相手にするのもとても楽しかった。カプセルから出たいと鳴き、天井にジャンプして、パラボナアンテナをぶつけて落下する――そんなことを繰り返すくらい元気に動き回る彼の姿を見るのが、本当に楽しくて仕方なかったのだ。
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ついにぼくの順番が回ってきた。体重計測をする。しかしまったく増えていなかった。減らなかっただけよかったと思いながら、先生に元気のある姿を見せ、現状を報告した。
「生まれて初めて(薬を)打ったから、よく効いたんだね」
そう先生は笑い、注射を用意するからと奥へ戻っていく。
「あと二回打てば、ずっと元気のままでいられるよ」
にゃーんと鳴く彼を撫でながら待つこと数分。先生が片手に注射を持って現れた。がしかし、ぼくはその注射を見て驚いて固まった。
――え? それ打つの?
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前回は指一本分だった注射のサイズが変わっていた、三倍くらいに。
ぶっとい注射器に、たっぷり入った薬。
この間の量をあと二回打つと思っていたから、余計に驚いた。あれをぼくに打つとなっても、ちょっと遠慮したいくらいの太さと量だったのだ。
「あの……押さえますか?」
動きまわるねこさんを抱いて聞くと、先生は「いや、いいよ」と言った。片手でねこさんを掴み、そのままぷすりと彼の背中に、ぶっとい注射針を刺した。
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「ギャ――!」
当然である。ねこさんはじたばた、じたばた、手と足を動かして抵抗を試みる。けれど、先生は容赦なかった。
「うーん、やんちゃだねぇ。この間よりもずっと強いね」
と言って、そのまま抗生剤を彼の体に入れていった。
「ギャ――!」ねこさん、針を刺した状態のまま、右回りに一回転する。
先生は動じることなく、ねこさんを掴んだまま、抗生剤をさらに入れていく。針を外したときには、抵抗しすぎて疲れたのか、かなり大人しくなった。
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「明日はお休みだから、明後日ね」
診察が終わり、待合室に戻る。しかし、注射を打つ前とはガラリと変わり、カプセル内は静かになっていた。
あれほど動き回っていたねこさんが微動だにしなくなっていた。
会計を済ませて帰宅する間も、カプセル内に動きはない。鳴き声もない。
かすかな物音すらしない。
帰宅後、カプセルからマンションへ移しても、ねこさんは動かなかった。
しばらく様子を見ていると、あの男が訪ねてきた。
元気になったという話を朝一番に報告したからだ。
是非、生で元気な姿が見たいと遊びにやってきたハットリくんは、すぐにねこさんをあやしにマンションに近づいたのだが――
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「こいつ、元気ないけど?」
「抗生剤打った後だから元気ないんだと思う。そのうちよくなると思うけどね」
「朝のおまえの話と全然違うじゃん」
「まあ、この間もそうだったし」
前回も打ったその日はそれほど元気ではなかった。だから今回もきっとそうだ――と思い、その後、二時間くらい様子を見守った。
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「おかしくないか?」
マンションの前でじっとねこさんの様子を見ていたハットリくんが、ぼくを見て言った。
「呼吸が荒くないか? それに、なんか熱いぞ、こいつ」
「……うーん……」
ハットリくんの指摘通り、ねこさんはじっと丸まっていて動かない。それに、だ。腹で大きく呼吸するようになっていた。ごはんも思うように食べなかった。水分もあまり摂らなかった。
前回はここまでぐったりしなかったのに。元気になるために獣医さんに行った。なのに、どうして治療後に、これほどまで具合が悪くなってしまったのか――
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夜中になっても、ねこさんの様子はよくならなかった。気になって数時間ごとに起き、彼の様子を見ていた。呼吸がとまっていないだろうかと、心配で寝ることができなかったのだ。
この状態のまま、夜は明け、朝を迎える。
ねこさんの症状は安定することはなかった。
ただつらそうに目をつむり、荒い呼吸をつづけていたのである。
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(余談)
――ひとつの命をはぐくむこと(11/11)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話|次章の1話目です――
波乱の第3クールスタートです。
友人から、エアコンが駄目だと聞かされたぼく。
猛暑でそれはない、うちには犬もいる。
そこで高めの28度設定に――
だが、盲点があった。
猫に有害な除湿をしてしまっていた。
そして、ねこさんの容態は悪化していく
――前話――
「にゃーん」
なんと、ねこさんが鳴いた。
そして自分で歩く猫さん。
背中を撫でると、ゴロゴロゴロ……
と喉も鳴らす。
今までにないくらいに、元気なねこさん。
きっと、このままよくなるぞ!
ぼくは確信していたのだった。
そのときまでは……
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本クールの第1話目(1/11)です――
先住犬ひなさんと、ねこさんのお近づきチャレンジの再開
しかし、吠えまくるひなさん。
――上手く行かない。
引き離そうとするぼくに、ハットリ君が言う。
「まぁ、待て。ちょっと見てみようぜ」
ひなさんと、ねこさんは、家族になれるのか?
そして彼は、遂に”運命の一言”を、ぼくに告げるのでした。
――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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犬派の僕が猫の多頭飼いを始めた理由
運命ってあるのだろうか?
だとしたら、今回がきっとそうだろう。
きっかけは、1枚の画像――
子猫が写っていた。
『もらう?』
友人のハットリ君が訊いてきた。
――もしも、ぼくがもらわなければ?
『保健所行き』
ぼくの心臓はバクバクだった。
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【まとめ】ある日突然、猫を拾ったら?
捨て猫にはある日、突然遭遇するもののようです。
いざ遭遇してしまったら、どうしたら良いと思いますか?
体験談をまとめました。
「助けてあげたいけど、うちで飼えるのかな?」
そう思う方々に「大丈夫だよ」と、背中を押してあげる体験談があるといいなと思ってこの記事を作成しました。
もちろん、ハッピーエンドのお話ばかりではありません。
しかし、色々なケースを知ることで、本当に安心ができると思うのです。
読んでみてください。
どの記事にも、愛情が溢れています。
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――作者の執筆記事です――