我が家の猫のお話をします 最初の猫は和(かず)
撮影&文:鬼嫁.com
今、私は2匹の保護猫と外猫1匹の母で。毎日猫達にたくさん癒されてます。保護支援活動も旦那に内緒で細々頑張っております。
家猫の1匹目は只今4歳のアメショ(アメリカン・ショートヘア)。四年前、大阪天神橋保護犬カフェより迎えました。私は純血種にこだわりがあるわけではないのですが、アメショにだけは少々思い入れがあるのです。
もう1匹は、只今推定2歳の雑種の子。奈良で猫ボラしてる従姉妹から譲り受けました。これから私の可愛い猫たちのことを書いて行こうと思います。
どうぞお付き合いください。
実は私、かつては猫恐怖症でした。
その切っ掛けは、小学生低学年の頃に遡ります。
ある日、友達の家に行くのに田んぼのあぜ道を歩いていたら、目の前から一匹の猫が歩いてきました。対峙する感じでお互い立ち止まりました。
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逃げ道がないので、私はゆっくり後ずさりしました。するとその猫も、間を開けないように、私の方にゆっくり近づいて来たんです。その姿がとても不気味で、私はダッシュして逃げました。それ以来、私は猫が苦手になり、怖くて近づくこともできなくなったんです。
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それから時が経ち、もう一つの不幸な出来事が私を襲いました。
あれは私が20歳くらいの頃――、先輩の家に遊びに行った時のことでした。
先輩と談笑していると、猫が先輩の横から私を見つめながら近づいて来て肩に手を乗せて来たんです。
猫が苦手な私は、体が硬直しました。
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そうっと眼球だけ動かして横を見た私――
その瞬間に、思いっきり強めの猫パンチされてしまいました!
それが私の、猫恐怖症の決定打になったのでした。
さて、そんな猫恐怖症の私が猫好きに変わったキッカケは、友人が飼っていたアメショでした。
過去のトラウマで最初は近づけなかったのですが、そのアメショちゃんが友人に甘えている姿が、それまで見たことが無い猫の姿だったのす。
「あれ?この子はもしかして大丈夫かな?」
って感じました。
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勇気を出して触らせてもらうと、その子はとても大人しくて、子供の頃に遭遇した不気味な猫の感じは一切ありませんでした。犬ちゃんの様にべったり体を寄せてきて、膝の上に乗ってきたり、抱きつく様な感じで甘えてくるんです。
そして私にくっついたままで、喉をゴロゴロ鳴らしながら寝てしまったんです。
その姿がたまらなく可愛いくて、「えー!猫てこんなに可愛いの?」ってカルチャーショックを受けました。
人間で言うと紳士な猫っていうんでしょうかね。とっても温厚で、ずーっと一緒に居たいと思える子でした。
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そのアメショちゃんのお陰で、私からは猫恐怖症が無くなったんです。
それからは野良ちゃんを見ても、自分から近づいたりできる様になりました。
ある時、近所の野良ちゃんがある日近寄って来たんですけど、もう全然怖くなくて、またその野良ちゃんがお腹見せてくれたりしたものだから、それから余計猫好きになりました!
友人宅でアメショちゃんと会わなければ、もしかしたら一生猫恐怖症だったかもしれませんね。
私が生まれて初めて猫を飼ったのは、その友人宅のアメショの子供です。
その子に赤ちゃんが生まれて、1番可愛い子をもらったのです。
生後3か月くらいで引き取ってきたのですが、その子はお父さんに似て、とてもイケメンでした。ただ初めて猫を飼ったので家に連れて帰った時は不安でしたが、ある日突然私の膝に乗ってきてゴロンと甘えてきたんです。もうそこからはメロメロでした!
名前は和(カズ)と命名しました。その当時、(元巨人の)清原選手が好きで、その清原和博から一文字もらって名付けたのです。
3番目の写真が、お父さん猫と一緒の和。仔猫の列の右端にいるのが和です。
そして、上の写真が、初めて甘えてくれたときのもの。この時の感動は一生忘れません。
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和から1年遅れで、和の兄弟猫も我が家にやってくるのですが、そのお話は次回に書くことにします。
和との暮らしは10年続きましたが、10歳で和は悪性の骨肉腫ができてしまいました。
二度手術したのですが、癌は前脚にまで広がりました。
前両脚を切断する方法もあると言われましたが、それをしたら助かる訳でもなかったので、残された時間をしっかり歩ける様にと癌と共存して行く事を決めました。
和は、最後はガリガリになってしまいました。
最期の日は私が帰るのを待っていたかの様に、私の帰宅後直ぐに、私の腕の中で亡くなりました。
これが猫恐怖症だった私と、最初の猫、和との思い出です。
――我が家の猫のお話をします(その1)つづく――
作:鬼嫁.com
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――次話――
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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