犬派の僕が猫と暮らす理由
撮影&文:紫藤 咲
ねこさんが入院して翌日の午前中は、なにかをする気にはとてもなれなかった。ご飯を食べなくちゃいけないとわかってはいても、物を食べる気にはどうしてもなれなかった。心配が大きかった。
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いつ電話が掛かってくるやらと気が気でなくて寝ることもできなかった。SNSでそうつぶやくと、心優しいフォロワーさんたちに、眠れなくてもいいから横になって休むようにと言われた。この言葉は実に胸にしみた。
ぼくと同じようにねこさんを心配してくれる人もたくさんいた。気持ちはわかるよという言葉だけでも本当に救われた。それくらい、ぼくの心は不安で押しつぶされそうになっていた。
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一刻も早くねこさんに会いに行きたい。そう思ったけれど、我慢していた。午前中に面会に行ったら、午後はもう面会できないと思ったのだ。だって、一日に二度も、三度も面会に行くような人もいないだろう。それに具合が悪くて入院しているのに、何度も会いに行っては治療に専念できないかもしれない。
余計な体力を使わせて、さらに悪化してしまっては後悔してもしきれない。しかし一方で、今生で会える回数がわずかであるならば、時間の許すかぎり会っておきたいとも思ったのもたしかだった。
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とにかく会いたい。彼の元気な姿を一目でいいから見たい。
心から思った。安心したかった。ちゃんと会わないことには、本当に生きているのか、不安で、不安で仕方なかったからだ。
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結局、午後一番の診療時間に面会に出掛けた。
その日はとても暑い日だった。おかげで午後の診察の順番どりに来ている人の出足が遅くなり、ぼくは一番をとることができた。午後三時になって扉が開くと、すぐに名前を呼ばれた。
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診察室に向かう。スタッフの方がねこさんを連れてやってきた。重たかったパラボラアンテナは取られていて、身軽になっていた。酸素室から出てきたばかりのねこさんの呼吸は少し落ち着いて見えたけれど、すぐに荒いものに変わっていった。診察台の上でじっと座りこんだねこさんの姿をとにかく写真に収めた。うつむいて、体全体で息をするねこさんの状態は昨日と少しも変わって見えなかった。
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――入院したら少しは良くなるかと思ったのに……
入院したから即元気になるなんてことは人間にだってありえないことだ。冷静になればわかることなのに、このときのぼくはかなり焦っていた。期待をしていないと気持ちを保てない状態だったとも言える。
ねこさんを抱っこする。とても苦しそうで、胸が痛んでたまらなかった。
しばらくすると先生がやってきた。診察台にねこさんを戻す。
彼は数歩歩いてから、ぎゅんっと大きく伸びをしてみせた。
「こんなかんじだよ」
先生はねこさんとぼくを見ながら、そう言った。
「まだ、なんとも言えない状態です」
ねこさんの顔はあいかわらずくしゃくしゃだった。目の周りも、鼻の周りもとにかく汚くて、ひどい顔としかいいようがない。そんな彼を抱っこする先生に、ぼくは質問をした。
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「あの……どれくらいのかんじで会いに来てもいいんでしょうか?」
今までぼくが飼ってきたわんこさんたちは比較的みんな元気で、長期的な入院というものをあまり経験したことがなかった。ゆえに勝手がわからない。思いきって聞いてみる。
すると先生は「会えるときに」と答えた。
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「時間があるとき、会えるときに会いに来たらいいよ。とにかく、今はやれることをやっているからね。酸素室で呼吸を楽にしてあげて、皮下点滴をしている状態なんだけど、ごはんはやっと食べているかんじかな」
「はい。よろしくお願いします」
お任せするしかない。ぼくはねこさんに「がんばれ」と声を掛けると、動物病院を後にした。生きていることを確認できたのがなによりだった。
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しばらくして、ぼくのスマートフォンにメールが届いた。
ぼくの話を聞いた母が仕事帰りに病院に寄ってくれたらしい。待合室で20分ほどねこさんと対面したときの様子を知らせてくれた。
『思ったよりも元気があった。ケージに入れられて運ばれてきたけど、あくびをしたり、トイレシーツの端っこを噛んでいたりしていたから、きっと大丈夫だよ』
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このメールに、ぼくはまた少しホッとした。ごはんもなんとか食べているし、動けるだけの元気はまだ残っているのだからと――
けれど、ぼくは知らなかった。その日、ねこさんは突いてもじっと動かなくなるほど、最悪の状態に陥っていたなんて――そんな事実を聞くことになるのは、この日から二日後のことだった。
※ねこさんはあくびをしたり、伸びをしたり、少しは元気なのかと思ったのですが、それでも呼吸の荒さはどうしようもなかったです。
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【メリークリスマス】
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クリスマスが近づいてきたということで、今回は漫画ではなくイラストで。
絵本用のイラストなのですが、寒い季節になって凍えているのらねこたちも多くいます。多くの子がしあわせを待っています。どうぞ、やさしさをわけてあげてください。
彼らはずっと誰かを待っているので――●
――ひとつの命をつなぐこと(6/10)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話――
「あいつの好きなタオル、持って行ったのか?」
ハットリくんの言葉が胸に刺さった。
しまった――、入院なのに――
翌日届けたタオルに、ねこさんはゴロゴロと喉を鳴らした。
生きる力――、少しの希望。
でも、ねこさんの死相はまだ消えていなかった。
――前話――
ねこさんが入院してから、ぼくはネットで検索をした。
『子猫、肺炎、死亡率』
子猫の場合はたいへん危険らしい。
たった350グラムの猫さん。
助かるのか?
そして、ぼくには更なる猜疑心囚われていく。
先生の診立ては、本当に正しかったのか――?
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本クールの第1話目(1/10)です――
友人から、エアコンが駄目だと聞かされたぼく。
猛暑でそれはない、うちには犬もいる。
そこで高めの28度設定に――
だが、盲点があった。
猫に有害な除湿をしてしまっていた。
そして、ねこさんの容態は悪化していく
――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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