猫の話をしようか

なかなか聞けない猫の話。こっそりおしえる猫の話。

【猫の保護】お気に入りのタオルをきみへ ~ひとつの命をつなぐこと(7/10)~

ねこさん、拾いました
f:id:masami_takasu:20181206110644j:plain撮影&文:紫藤 咲

ねこさんの入院の様子は逐一ハットリくんに報告していた。入院当日にずいぶんぼくらは言い争ってはいたが、それも互いにねこさんのことを心配してのことだ。

ぼくから彼の様子を聞いたハットリくんは少し安心したようだった。その上で彼は「俺も明日会いに行くぞ」と言った。それから思いもよらない質問をした。

「あいつの好きなタオル、持って行ったのか?」

その言葉に、ぼくは頭が真っ白になった。入院という重すぎる現実を受けとめることが精いっぱい、かつ、彼の安否確認に全神経が集中してしまっていて、そんなことすら頭に浮かばなかったのだ。ゆえに、このときの言葉はひどく胸に刺さった。

――なんてことだ! そんな大事なことを忘れたのか!

もしも自分がもうひとりいたら、即、胸ぐらを掴んで『バカか! おまえはバカか!』と罵るに違いない。事実、頭の中でぼくは、ぼく自身の首を締めあげた。本当にバカな飼い主で、ねこさんが気の毒だと思えてならない。

考えてみたら気づきそうなものだ。入院である。犬舎にトイレシーツを敷いたくらいの簡素な状況に違いない。もしかしたら彼は寒がっているかもしれない。さみしがっているかもしれない。そう考えれば、彼のお気に入りのものや普段から使っているものを持たせてやらなくてどうする!? なのである。

「明日……持っていくよ」

その日に持って行ってやればよかったのかもしれないけれど、このときのぼくは、まだすぐに彼が死んでしまうなんてことを考えていなかった。先生には「状況は好転しているどころか、こう着状態。命の保証はない」とまで言われているにもかかわらずである。

覚悟をしていなかったわけではないし、そうなる可能性も頭には入れていた。けれど、ぼくは『死』の可能性を他の誰よりも一番信じていなかった。

明日があると思うのは、健康的な者が考えることだ。このときのねこさんの状態は一秒が重かった。その一瞬を生きることがどれだけ彼にとって大きなことだったのか。大変なことだったのか、つらいことなのか、ぼくはもっと考えるべきだったのかもしれない。そうすればすぐにでもお気に入りのタオルを取りに帰っただろう。

幸いだったのは、彼の時間が翌日まで繋がってくれた――という事実である。

 

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さて翌日、ぼくはハットリくんとともに獣医さんを訪れた。もちろん、お気に入りのタオルも忘れずに持っていく。洗濯をしていなかったので、フードの匂いにまみれて魚の生臭さがしっかりつていしまっていたけれど……

到着時間が十時を回っていたため、獣医さんはとても混みあっていた。駐車場は一杯だった。車を置くところがなく、診察を終えて出て行った場所に滑りこむようにして停めた。受付で面会したい旨を告げると、しばらくして青いカゴに入ったねこさんがやってきた。今回は待合室での面会である。

ねこさんの状態は相変わらずよくなかった。それでも少し目元はきれいになった気がしたし、鼻水もとまっているような気がした。短時間だったから咳もしなかった。しかし、全身で息をするのは昨日とちっとも変わらない。どうにか生きている。

少し歩いてはじっとするを繰り返しているだけだったけれど、息をしていてくれるだけで嬉しかった。カゴの間から指を入れて頬の辺りをなでれば、顔をすり寄せるようにして彼は目をつむる。

「もう行こうか。あんまり長い時間、酸素室から出していたら苦しいだろうし」

ハットリくんに言われて、五分ほどで面会を終える。
受付で「帰ります」と告げると、もういいの? というような顔をされたが、構わないと伝えた。

彼を迎えにきたスタッフさんにカゴを渡す前に、ぼくは急いでタオルを入れた。すると、どうだろう? それまで大きなリアクションらしきものをまったくしなかった彼が嬉しそうにタオルに顔をこすりつけ、ゴロゴロと喉を鳴らしたのだ。

「このタオルも一緒に入れておきますね」
「はい、お願いします!」

ねこさんが再び奥の部屋へと入っていくのを見送りながら、ぼくは心から願った。これで少しでもゆっくり休めるようにと――

「どう思った?」
帰りの道すがら、ぼくはハットリくんに聞いた。彼の意見を聞いて安心したかったからである。

「苦しそうだったな。でもタオルは喜んでた」
「うん、言ってもらってよかったよ。ところで、死相は見えた?」

ぼくの問いかけにハットリくんは「見えたもなにも」と顔を曇らせ、
「ストライクゾーンのど真ん中じゃん」と、さらに不吉なことを言ってのけた。

「まぁ……そうだよな」

目の輝きがない写真しかない。それらが彼の言っていることの正しさを裏付けていた。それでもぼくらは死のど真ん中にいる彼にどうしても生きてほしくて――彼の生きる力を奮い起こしたくて、翌日、ある作戦に打って出る。

それが彼のさらなる力になると信じて疑っていなかったから。

とにかく足しげく通い、彼に一人でないことを実感してもらうこと。
その上で、ぼくらに残された最後の切り札に託すことくらいしか、このとき、この状況で、この状態のねこさんにできることは残されていなかったのであった。

(余談)
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――ひとつの命をつなぐこと(7/10)つづく――

作:紫藤 咲
 

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