犬派の僕が猫と暮らす理由
撮影&文:紫藤 咲
ねこさんが入院した当日のことだ。ぼくはとても不思議な体験をした。
ただ、自分でもとても信じられないことなのもたしかな話なのである。
なぜ、信じられないのか。それはぼくに霊感がないからだ。
感知度マイナスの人間が心霊体験のような不思議な経験ができるのか――
もしも、ぼくが体験したことが現実おこりうるものであるのならば、人は霊感と呼ばれるような第6感が働かなくても、不思議な体験ができるという証明にもなるのかもしれない。
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さて、ずいぶんと前置きが長くなった。さっそく、ぼくの体験を話そう。
おそらく夜の11時を回ったくらいのことだったと思う。
その日、ハットリくんと長く会話をしたぼくはなかなか寝つけないでいた。
ハットリくんと話して余計にねこさんが心配になったから――というのもある。
入院初日だったというのも大きい。とにかく、なにもする気になれなかった。
起きている気力さえなかったので、ひなさんとともに早めに布団で横になっていた。
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横向きの状態でスマホをいじりながら、ねこさんのことばかり考えていた。大丈夫だろうか。生きているだろうか。さみしくないだろうか。そんなことをずっと、ずっと思っていた。
そんなときだ。ぼくの腰からお尻にかけて、なにかが乗った。通っていったかのように、掛け布団に重みが加わったのである。
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――ん? なんだ?
不意の出来事だったので、思わず振り返った。しかし、それは一瞬のこと。振り返ったときには重みはすでになくなっていた。それどころか、重みを加える物(者)もない。ただ布団があるだけだ。
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ますます疑問が膨らんでいく。
ひなさんはぼくのお腹のところで丸くなって寝ている。ねこさんは入院中。ぼくの家にはねずみもいなければ、ねずみクラスの生き物も飼っていない。だとするならば、今のはなんだったのだろう?
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「ちーたくん?」
そう、ちーたくん。『ライ』という名前を決めたにもかかわらず、ぼくは彼を『ライ』と呼べなかった。なんだか気恥ずかしくて、あだ名で呼んでしまっていたのである。
ちなみに『ちーた』となったのは『ちびた』『ちびすけ』が崩れた結果である。
現在はいたずらをして怒るときは『ライ』、遊んでいるときは『ちーたくん』。ハットリくんも『ライ』が呼びにくくなり『ちーたくん』になってしまったことから、ねこさんの中では『ちーたくん』が正式名称となって固定されてしまっている。
せっかく、いろいろ考えてつけたのに残念すぎる今日この頃なのだ。
ああ。また横道に話がそれてしまったので、もう一度本題に戻るとしよう。
結局、こんな体験をしたのはそれっきりだった。以降は一度としてない。
ねこさんを心配していた結果、錯覚を起こしたのであろうか?
しかしながら、踏まれていった感覚はひどくハッキリしたものだった。あれが夢や錯覚だったとは考えにくい。
――聞いてみようかな? でもあいつ、笑うんじゃないか?
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こういう話に強いヤツを、ぼくはひとり知っている。ハットリくんである。
がしかし、霊感マイナス値のぼくの話を、イタコレベルの彼が真剣に取り合うだろうか? 勘違いや思い込みと笑われるのではなかろうか?
事実、ぼくは以前、ハットリくんに勘違いであるとバッサリ斬り捨てられている。
ゆえに心霊体験っぽい話をするのにとまどいを覚えたのだ。
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翌日のこと。よくよく悩んだ結果、ぼくは彼に話すことにした。すると彼は予想よりもはるかに真剣に聞いてくれたのである。ちゃかすことも笑うこともしなかった。それどころか、ぼくの話を肯定するかのように、彼は「間違いなく会いに来ていた」と言ったのだ。
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「おまえに会いに来たんだよ。おまえのことが心配で見にきたんだと思うよ」
「笑わないのか?」
「なんで? 笑わないさ。よくあることだよ。それくらい、あいつはおまえが好きだということだ。とにかく、おまえが元気がないと心配させることになるから、ちゃんとしろよ」
「うん……そうだね」
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心配していたはずのぼくが、ねこさんに心配をかけてしまっているなんて思いもしなかった。
元気になれと言っていたのはこちらのはずなのに、ぼくが励まされてしまったのか、そう思うだけで、ダメなヤツに拾われてごめんという気持ちでいっぱいになった。
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もしもあのとき、ぼくに拾われさえしなければ、彼はもっといい飼い主さんを見つけられていたかもしれない。もっと苦しまずに済んだのかもしれない。風邪もひどくならなかったかもしれない。
それでも、こうやって会いに来てくれるくらいにはぼくを慕ってくれているんだと思ったら、ぼくもあきらめちゃいけないんだと、今まで以上に強く思った。
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それからハットリくんはこんなことも言った。
「ねこは愛情が深いんだ。いぬよりもずっと、ねこは愛情深くて賢いからね。だから、おまえの愛情も伝わっていると思うよ」
と――
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ゆえに動物たちは人ではなく、一緒に過ごした家に憑くんだと、スピリチュアルな雑学まで一緒に教えてくれた。これはなんとなくわかるような気がした。
実家で飼ってきたわんこたちも、亡くなってから会いにきたんだろうなと思えるようなことが実際に、過去にあったからだ。
フローリングの上を走るときに鳴る爪の音を、小さい頃のぼくは何度か聞いたことがあるのだ。
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寂しさと心配とで、ぼくに会いに来てくれたねこさん。そこまでの愛情を持ってくれた彼に、今後ぼくができること。
それはきっと、これまで以上に愛情を注ぐことだけだろう。
そう思わせてくれるスピリチュアルな体験だった。
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【お知らせ】
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不思議な俺様猫と美青年執事の元に地味な女子高生が相談にやってきます。彼女のつらい悩みを俺様猫さんはどう解決するのか!ぜひ、その目でお確かめください(笑)
――ひとつの命をつなぐこと(8/10)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話――
ねこさんの入院4日目、ぼくはついに切札を投入した。
犬のひなさんを、一緒に病院に連れていったのだ。
心配げにねこさんを見ているひなさん。
――あれ?
ねこさんが元気そう。
――何故?
医師に状況を訊ねるぼく。
しかし、返ってきた言葉は重かった。
――前話――
「あいつの好きなタオル、持って行ったのか?」
ハットリくんの言葉が胸に刺さった。
しまった――、入院なのに――
翌日届けたタオルに、ねこさんはゴロゴロと喉を鳴らした。
生きる力――、少しの希望。
でも、ねこさんの死相はまだ消えていなかった。
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本クールの第1話目(1/10)です――
友人から、エアコンが駄目だと聞かされたぼく。
猛暑でそれはない、うちには犬もいる。
そこで高めの28度設定に――
だが、盲点があった。
猫に有害な除湿をしてしまっていた。
そして、ねこさんの容態は悪化していく
――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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