猫の話をしようか

Withcat 猫と飼い主の絆について

【捨猫の保護】猫未経験のくせに、子猫を拾ったやつがいる ~拾った猫はどこにいく?(1/10)~

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紫藤、猫拾ったんだって?
(ハットリの見た、犬派の僕が猫と暮らす理由)

f:id:masami_takasu:20190203161313j:plain文:ハットリ

――平成二十九年六月十六日、金曜日――

この日は俺にとって、取り立ててなんということもない、いつも通りの日常だった。
俺は日記をつけるような殊勝な習慣はないが、もしもそれを書いていたとして、将来この日を振り返ったら、きっとこう書かれているだろう。
『朝会社に行って、仕事をして、夜は家に帰って、寝ました』

それほど、何もない日だった。

ところが、友人の紫藤にとってこの日は、人生の1ページとして、しおりを挟みたくなるほど特別な一日だったようだ。

紫藤はこの日、子猫を拾ったのだという。

その程度のことが、特別なのか?
そんな声が聞こえてきそうだ。
しかし、それはまぎれもない大事件だったのだ。
紫藤にとっては。

猫を拾うという行為の重大さには、個人差がある。
子供のころから、何かにつけて猫が側にいた俺のような者にとっては、捨て猫との遭遇など、ちょっとしたアクシデント程度の出来事だ。
しかし、そうでない人間にとってはどうか?

改めて考えると、”猫を拾う”という行為は、初めて猫に触れるものにとっては、とてつもない大イベントなのだと思う。例えば俺が、道端にうずくまっているドラゴンを拾ったのと同じようなものだ。

ドラゴンって、どうやって飼えばいいんだ?
どんな寝床を用意すればいい?
何を食うんだ?
どうやって排泄をする?
散歩は連れていくのか?
何もかも、わからないことだらけだ。
それと同じようなものだ。

さて、なぜ俺がこの文章を書いているのかというと、俺も巻き込まれてしまったからだ。その大事件に。いや大イベントに。

おかしなものだ。もしも自分が当事者ならば、それは取るに足らない出来事のはずなのだが、それを大事件と捉えている人間の側にいるだけで、自分までがそのワールドに取り込まれてしまうのだ。

 

f:id:masami_takasu:20190203161526j:plain

――平成二十九年六月十六日、金曜日――

この日を境にして、友人の紫藤は猫飼いとしてデビューすることになる。
そして俺は友人として、その紫藤を間近で観察することになる。
ここから書いていくのは、その観察記ということになる。

実際には俺が巻き込まれるのは、この翌日の六月十六日、土曜日。
紫藤から掛かってきた電話で、大事件に片足を突っ込むことになる。
(因みに紫藤は、当日にも俺に電話を掛けてきたようだが、幸いにも俺は職場の同僚と居酒屋で飲んだくれていたので、一日だけ猶予をもらっているのだ)

さて、電話が来る前のこと、つまり紫藤が猫を拾ったときのことを書いておこう。
後に俺が、紫藤から聞かされたことがその大半だ。俺にとってはどうでもいい事なのだが、観察記というからにはそれも必要だろうから、面倒だが書いておく。

紫藤は仕事を定時で上がり、駅からいつもの小路を家に向かって、スマホ片手に呑気に歩いていたのだそうだ。
すると道端に三人ほどのおばちゃんがいる。なにやら相談しているようだ。
そこで、よせばいいのにそのときに限って、足をとめてしまったと。
やつは、意外におばちゃんが好きでもある。自分では認めていないが、俺は確信している。やつは熟女好きだ。相当に。

紫藤の目に入ったのは『みかん』の文字の段ボールと、その中にいる謎の白い物体。
おばちゃんたちはその白い物体を、心配そうに見つめている。
近づいてみると、それはちいさな猫だった。

恐ろしく汚くて、爪は伸び放題。
目の周りは目ヤニはベタベタで、鼻周りも茶色くガビガビ。
紫藤は、「お世辞にもかわいいとは言い難かった」というが、捨猫というのはそれが相場だ。
これが紫藤にとっての、ドラゴンとの遭遇だ。

「ほぇー、猫だ。子猫だ。ちっちぇえなあ」
そう言った瞬間、目の端に迫ってくる車の影。
反射的に紫藤は白い猫を抱きあげた。
それがドラゴン捕獲の瞬間だ。

おばちゃんたちの困り顔は、この猫の処遇に難儀しているからだそうだ。
方々に声を掛けて預かってくれる人を探すものの、見つからないとのこと。

紫藤が自分の手の中にいる猫を、まじまじと見る。
生まれて間もないのは間違いない。とにかく小さくて軽い。
白いボディーに耳と尻尾がクリームで、ちょっと珍しい色合い。
目は透き通るようなマリンブルーで、とても魅力的。
――なのにも関わらず、その左目は目ヤニがべったり。
そしてその左目は赤く腫れていて、左右で目の大きさが違ってしまっている。

『これじゃ、絶対に貰い手はなさそうだ』
というのが、紫藤のファーストインプレッション。
後にその猫を見た俺もそう思ったので、紫藤の見解に間違いは無い。

『母猫がいるのじゃないか? 戻ってくるのでは? 』
紫藤はそう思ったそうだが、おばちゃんたちによると、この子に似た大人の猫は、近所で見たことがないという。

まあ、わざわざ遠くまで運んできて、そこに放置したというのが妥当だろう。
猫を捨てるからには、家の近所はまず選ばない。

「誰か預かってくれる人、いないかしら?」
そのおばちゃんの声に、よせばいいのに紫藤は、「心当たりは、なくはないんですけど……」と答えてしまった、
その”心当たり”というのが、まさに俺である。
俺の会社は社長が猫好きなので、野良猫に餌をやったり、去勢をして、何匹も敷地内で飼っているのだ。紫藤は浅はかにも、『一匹くらい増えてもかまやしないと』と勝手に思ったのである。

これが、俺が巻き込まれることになる予兆の段階だ。

この段階で、紫藤は俺に電話をしたようなのだが、先にも書いたように、飲んだくれていた俺は、電話に出なかったが。

そしてこの後に、分別のある社会人ならばやらないようなことを紫藤はやる。
あろうことか紫藤は、「今日のところはぼくが連れて帰ります」とおばちゃんたちに言ってしまったのだ。それも俺を当て込んで。そして、俺に確認もせずに。

おばちゃんたちが困り果てていたとか、放っておいたら車に轢かれてしまう恐れがあったとか、カラスの餌になってしまうかもしれなかったとか、その理由は後で聞かされたことだ。

ついでに、やつの脳裏には、小学生の頃に救おうとして救えなかった猫の姿も浮かんだのだという。

――おいおいおいっ、まじかよ。
――お前のヒューマニズムは人任せなのかよ。
これは、紫藤の話を聞いて、俺が思ったこと。

で紫藤は、その猫を家に連れ帰ったのだ。
おばちゃんたちは、「数日預かってもらうだけ」と言ったらしいが、そんなことはまずない。断言する。里親探しはそんなに生易しいものではない。経験したから言えることだ。

まあ、こんな経緯で、翌日は俺に電話がかかってくることになるのだ。
何度も書いて恐縮だが、丁度その時に飲んだくれていた俺は、当然ながらまだそのことは知らない。

 

『紫藤、猫拾ったんだって?』について

本作は紫藤咲氏の実話エッセイ、『ねこさん拾いました』のスピンアウト作品となるものです。

『ねこさん拾いました』は2018年7月26日から、Withcatで連載が始まりました。
本作は、一度も猫を飼ったことがなかった作者が、仕事帰りに段ボールに入った子猫を拾う場面から物語は始まります。

見よう見まねで猫の飼育グッズを買いそろえた作者ですが、子猫は家に連れ帰った当初から体調が優れず、やがて猫風邪から肺炎を引き起こし、遂には命も危うい状態に陥ります。

作者は子猫の命を案じ、時に失敗をしながら、手を尽くします。
拾った子猫を描写していながら、実は飼い主である作者の成長物語となっている作品です。

さて、それでは本作『紫藤、猫拾ったんだって?』は――
『ねこさん拾いました』で重要な役割を果たす、作者の親友ハットリの視点から、作者(つまり紫藤)を観察した記録が本作です。

時間軸が『ねこさん拾いました』と同期して進行しているのが本作の特徴です。
『ねこさん拾いました』と並行して読んでいただくと、また違う味わいがあるのではないかと思っています。

――高栖 匡躬――

――拾った猫はどこにいく?(1/10)つづく――

作:ハットリ
ハットリはツイッターをやっていないので、フォローはこちら
 

――次話――

本作は不定期連載です。
次は、ハットリの気が向いたときに配信いたします。
一応、次に同期する『ねこさん拾いました』は下記です。

『犬派の僕が猫と暮らす理由』ではこうなります。
本作は、下記の作品と時間軸が同期しています。

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

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