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Withcat 猫と飼い主の絆について

【FIP:猫伝染性腹膜炎】誤診/自然寛解、どのようなことも起こりうる ~FIPの完治は可能なのか?(2/2)~

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猫のFIPについて思う事
f:id:masami_takasu:20190218173658j:plain構成:高栖匡躬、解説:木佐貫敬(獣医師)

猫のFIP(猫伝染性腹膜炎)に関する連載の2回目です。今回は臨床現場の獣医師の見解を記事にしました。

お話を伺ったのは、木佐貫敬先生。
(プロフィールは巻末に記載してあります)

今回の記事では、インターネット上にあるFIPの情報に対しての、臨床医としての見解をお話いただくと共に、FIP治療の可能性についてもお聞きしました。
尚、木佐貫先生には、ネットで検索したFIP関連の記事を見ていただいた上で、お話を伺っています。

繰り返しになりますが、本シリーズ記事はネット上の情報の粗探しをするものではありません。
――なぜFIPが治らないと言われるのか?
――なぜFIPが完治したという記事があるのか?
この2点について、客観的かつ具体的に掘り下げることが目的です。

[目次]

 2-1 確定診断の難しさについて

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私は、日本のネットに出回っている生き残り情報は、ほぼ誤った情報によるものと考えています。これは記事の質を云々するものでもなく、また作者や治療にたずさわった先生を非難するものでもありません。

FIPは我々のような獣医師の中でも、間違った認識が広まっていて、その間違った認識のもとに論理が構築されやすい状態なのです。
今回の記事は、そういう現状への警鐘の意味も含んでいます。

ネット状の記事について感じることが2つあります。

一つ目は、獣医さんの診断や検査のプロセスに関する記載がないものが多いこと。
例えば飼い主さんが回想録として、「あれはFIPだったと信じている」というような書き方をしています。

二つ目は、検査のプロセスは書かれていてもそれが不十分で、血液検査・レントゲン・超音波検査止まりで、いきなり確定診断となり、インターフェロン投与が始まります。私が読んだ記事の1つは、この流れで治癒となっていました。

いずれの場合も、FIPであると想定したところからストーリーが始まり、治療の過程と結果に重点を置かれて書かれていますが、FIPの確定診断を下すのがいかに難しいかという情報が、欠損しているように見えます。

FIPは血液検査などで診断ができるものではなく、胸水や腹水の検査・近年可能になったPCR(Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)を用いた、突然変異と通常のコロナウィルスを判別する検査であっても、確定診断をすることはできません。

現状では手術で採取した病変を特殊染色して、ウィルス抗原を見つけるのが唯一の方法とされています。

臨床の現場ではなかなかそこまでできないため、血液検査や腹水の検査など細々した検査結果を集めて推測しているにすぎません。

中にはそのような検査さえしないで、腹水が溜まったからというだけで、FIPと決めつけられているケースもかなりあります。

Withcatより

本項の内容で、1点疑問点があり、木佐貫先生に質問をしました。
下記はその質疑応答です。

Q(Withcat)
FIPはストレスが病状悪化の要因であり、中央生存日数が僅か9日とも言われています。そもそもそのような猫に、確定診断だけのための手術を行うことはあり得ることなのでしょうか?

A(木佐貫)
FIPを疑ってそれを確認するために行うのではなく、腸間膜リンパ節が肥大して腹部に腫瘤が見られる場合、悪性リンパ腫との判別が必要になるので止むを得ず行うことが多いと思います。

この時点では余命9日かどうかは全くわからないので、検査が必要になります。
当然リスクもありますので難しい決断ではありますが、やる意味があるのかどうかということではないと思います。

 

 2-2 生物として起きうること

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本病は狂犬病と同じように、非常に致死率が高く、限りなく100%に近いのですが、100%ではありません。わずかに死亡しなかったケースもあるのです。
しかし限りなく少ないので、ほぼ100%とされています。
基本的には子猫と、非常に年をとった老齢猫の病気ですので、両方に共通する因子として、体力や免疫力が低いのも一つの要因と言えます。

しかし、それが本当に全てなのでしょうか?

本病はコロナウィルスの突然変異とそれに対する異常な免疫反応によって起こる体内の大規模な炎症です。最近の調査では、突然変異したウィルスは検出されるのに無症状という猫も見られます。また病気の発症には免疫反応の他に遺伝的要素や環境など他の要因も検討されています。

基本は子猫と老猫の病気ですが、そのようにいろいろな要素が絡んで発症するとすれば、子猫と老猫だけに限定的に起きるということは、生物学的にはあり得ません。
もしも今後1例だけでも、比較的体力のある成猫でFIPの発症が発見されれば、それは類似した例が他にもあることを示唆することになるでしょう。

であれば、FIPが発症したとしても軽度であったり、発症しながらも病気に打ち勝つ個体がいてもおかしくはありません。

そして――、そのような個体は、得てしてFIPの可能性から除外されるものです。
もしも獣医師がその個体を診ていたとしても、目の前で良くなっていく猫を、FIPとは診断しないでしょう。恐らく検査さえしないのではないでしょうか。

したがって、このような仮説が本当にあるのかどうかも分からないわけです。

 

 2-3 実はまだ何も分かっていない

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日本で流布している情報の問題点は、まずFIPウィルスにかかったら死ぬ・かからなかったら死なないという一元的な見方しかされていない点です。また病気のかかり方についても、突然変異がおこったら死ぬ。起こらなければ死なないという理解しかされていません。更に検査をすればなんでもわかるという、誤った先入観もはびこっています。

実際はこの病気についてはまだなにもわかっておらず、どのようなことも起こりうると考えるべきだと思います。

コロナウィルスが突然変異して発症し、死亡するという情報さえも、どこまで正しいのかわかっていませんので、これが全てであると決めつけてしまうと、当然そぐわないケースも出てくるのように思います。

繰り返しになりますが、FIPといえども他の病気と同様で、患者によって重症度が様々であっても不思議ではありません。

共通認識はたった一つ。重篤化した患者は、助けるすべがないということ。
それが現状なのだと思います。

 

 3-1 間違ってFIPの闘病記が書かれる可能性

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筆者が知るブログの中に、愛猫のFIPを疑った飼い主さんの記事がありました。
(結果はFIPではありませんでしたが)
作者に転載の許可を得ていないので、下記に経過だけを抜粋します。

ある個体(猫)の例です

①月齢4か月の子猫。急に食欲を無くし、発熱、軟便。
②ネットの情報からFIPを疑った飼い主が受診。
③医師は諸症状から判断し、まずは『ヘルペスウィルス感染症』を疑い、
 インターフェロンを注射(3日間で計3回)
④食欲は回復せず、1週間以上ほとんど食事をせず。
 軟便は悪化し、ひどい下痢に変わる。
 (下痢止めと胃腸薬は処方されている)
 リンパの腫れあり。
⑤その後は、腸炎を疑っての治療が始まる。
 侵襲性の高い検査や治療は行わず、腸炎をターゲットに様子を見るという判断
⑥1か月以上かけて、徐々に食欲が改善。

さて、この経過を見て何か気が付きませんか?

ここの経過の中で、仮に③の時点で、猫コロナウィルスが陽性であったとしたらどうでしょう? 患者側がFIPを懸念しているわけですから、医師が求めに応じて、検査をしていたとしても不思議ではありません。

(第1話でオタ福さんが触れているリアルタイムPCR法/PCRでは、結果が出るまで最大6日程度かかるようです)

もしもその検査で、猫コロナウィルス陽性の結果が出たとしたら――

医師がFIPと判断するか、そうでなかったとしても医師が『FIPが疑われる』と口にした途端に、飼い主さんにとっては、FIPとの闘病が始まることになるでしょう。

上の例では、治療にはFIPの対処療法に用いられるインターフェロンが処方されています。そのインターフェロンが『ヘルペスウィルス感染症』を治したのだとしても、飼い主さんは、FIPが完治していくものとして闘病記を書いても不思議ではないわけです。

 

 3-2 FIPと診断されたらどうするか?

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さて、ここまで読まれてきて、皆さんはどう感じられたでしょうか?
ネット上の検索で得られる情報とは、かなり違う方向性が見えてきたのではないでしょうか?

最後に愛猫がFIP と診断された場合に、どうするべきかをまとめておきます。
尚、病気に絶対はありませんので、参考意見としてお読みください。

1.FIP と診断されても、それは確定診断ではありません。
  FIPが強く疑われるというだけです。
2.治療には総合的な判断が必要となります。
  可能であればセカンドオピニオンを得た方が良いと思われます。
3.FIPの治療をすべきかどうかについても、考慮が必要です。
  偽陽性の可能性があるからです。
  インターフェロンは腸炎を誘発するという報告もあります。
4.偽陽性かつ、IBD(炎症性腸炎)のように、命に関わる重篤な症状に発展
  する腸炎の場合、インターフェロンがそれを加速する可能性も否定できません。

※上記の例では、『ヘルペスウィルス感染症』(早い話が酷い猫風邪)の治療のためにインターフェロンを処方したことで、腸炎が悪化した可能性もあるわけです。

誤解を恐れずに言うのならば、もしも愛猫が重篤化したFIPの場合は、残念ながら命を救う手段はまずありません。とすれば診断が誤診であることに希望をつないで、慌てずに、落ち着いた行動をとられることをお勧めしたいです。

下手をすると、積極的な治療をせずに緩和の道を選んだら、自然治癒ということもあり得るのですから。

 

 追記:インターフェロンに関する私の見解

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インターフェロンは、多くの病気について効果がないことがわかっているので、未にこの薬を使っているのは日本くらいではないかと思っています。

個人的には有毒無益な薬と考えて一切使うことはないので、インターフェロンを使うかどうかの考察をすることはありません。

最近ではpolyprenyl immunostimulant (PI)という薬が、肉芽腫性FIP で効果が見られたということで脚光を浴びましたが、カリフォルニア大での効果検証は、昨年中止となってしまいました。

治療を行うかどうかについても「治療」の中には疼痛の管理や緩和ケア、ホスピスケアも含まれるため「する」「しない」と2分することはできないような気がします。

どのような治療をするか、医師とよく相談して考えるということなのだと思います。

 

――本記事に、ご協力をいただいた医療関係者のご紹介――

――オタ福――
獣医師になるまで、身分は明かせません。
こちらのサイトをご覧ください。
  

――木佐貫敬――
ラクーンアニマルクリニック院長
ホームページ:ラクーンアニマルクリニック

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麻布大学獣医学部獣医学科卒業
Murdoch Uni Western Australia School of Vet Sceience卒業
Companion Animal Surgery (Singapore) 勤務

在星中は欧州及び豪州の獣医師と交流を深め、約4年の勤務後渡米。
フロリダ州マイアミ South Kendall Animal Hospital 勤務
各分野の専門医たちから暖かいサポートや指導を受け多くを学びました。
また爬虫類を含むエキゾチック動物診療も幅広く経験。

10年以上にわたる海外生活の中で様々な事例を経験し、現在でも専門医たちとのネットワークを通じて困難なケースについて個別にアドバイスをうけ、日々の診療に反映しております。また、常に国内外の学会や文献をリサーチし、幅広い情報を得るべく努力しております。

日本及び米国フロリダ州・ハワイ州獣医師免許
日本小動物獣医師会
米国獣医師会(AVMA)
米国米国獣医救命救急学会 (VECCS)
米国動物園動物診療獣医師学会 (AAZV)
鳥類診療獣医師学会 (AAV)
エキゾチック哺乳動物診療獣医師学会 (AEMV)
爬虫類・両生類診療獣医師学会 (ARAV)

――FIPの完治は可能なのか?(2/2)おわり――

1話は都合により現在非公開です。

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

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