猫の話をしようか

Withcat 猫と飼い主の絆について

【猫と飼い主】いつまでもマナと一緒に ~二人の未来を紡いでいこう(9/9)~

私の空、マナ 30話
私の空、マナ_扉

撮影&文|あおい空
 

今回は、前話で少し触れたこと――、院長先生のもう一つのエピソードについて書こうと思います。

爪のケガで動物病院に行った後、マナこれといった体の変化もなく、元気に過ごしていました。その冬、1月はマナの予防接種をしなければいけません。

この年は前年の大雪とはうって変わって、雪が殆ど積もらない日が多く、マナをキャリーバックに入れた私は、それを自転車の荷台に乗せて動物病院へと向かいました。

大丈夫かなと思いながら自転車をこぎ出すと、あらあら安定しています。肩に担いで歩くよりも揺れません。早く気がついていれば良かったのにと思いました。

さすがは我が腹心の友エリザベスです!

 

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病院に着くと、予防接種をする前に体重、検温と蟯虫検査と医師の触診がありました。

ここからは、院長先生との会話です。

院長「前と同じ3種混合でいいですか?」
自分「そうですね。でも、他の猫に万が一遭遇したり、誤って外に出た時の事を考えると5種か7種にした方が良いかとは思うのですが…」
院長「まあ、それはありますね」
自分「心配事としては、予防接種は不活化されているとはいえ、菌を入れるのですよね? マナはエイズに感染しています」

――暫くの沈黙の後――

院長「やはり3種にしておきましょう」

このやり取りで、また確信したことがあります。
それは、マナを拾った日の初めての診察で、『なんでこんなの拾ってきた』という顔をしていた院長先生が、明らかに変化したということでした。

安全を第一に、マナのことを考えて下さるようになったのです。

 

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思えば、マナの病気をきっかけに変わったのは、院長先生だけではありませんね。私だってそうです。もしもマナがエイズでなければ、絶対に避妊手術をしていたことでしょう。それが今では、マナの幸せを先に考えるようになりました。それもこれも、エイズであるマナと暮らしているからこそです。

本当に人は変わるものだと思います。

マナの幸せを考え始めた私は、今はマナだけでなく、マナを含めた猫全ての幸せを思います。『猫の幸せとは?』と考えることが、私にとっては『マナの幸せとは?』と思う事とイコールになっているのです。

 

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変わると言えば、『猫の幸せとは?』という、一見普遍的に思えるテーマでさえ、私の中では変化し続けています。

かつて私が抱いていた幸せな猫の像は、自然の中にいる、有りのままの猫の姿でした。ケージと家の中だけの世界、不妊手術をして中性化した猫の姿……
それが人間だったら幸せだろうか? と考えていました。
或いは、その猫が私だったら、私は幸せだろうかと考えたのです。

それが今は、少し感覚が違います。
どれくらい違うのかと言うと、まだよくわかりません。
私の中では、『猫の幸せとは?』は永遠のテーマのようなものです。

 

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少し別のお話をしましょう。

私が韓国の俳優さんを応援したく、てツイッターを始めたことは、以前にお話をしました。その頃私は、韓国のある大学教授をツイッターを通して知りました。

その方はある日、まだ乳が必要な小さな小さな猫を拾います。時折、猫のツイートもされているのを目にするようになりました。そして私は、「うちにも猫がいるといいな、1人で寝るより猫がいたらどれ程あたたかいだろう」と、猫との生活を羨ましく思っていました。

その教授は、猫の本もお書きになりました。その中では、こう語っています。

『ルビー(拾った猫の名前)が野生の習性を維持して外に住むことと、室内に住んでいることのうちのどちらがよりルビーによいのか? それは今も私にとって大きな問題ではある。多くの”執事”のように、中性化手術の時点で、私も沢山悩んだ』
注釈:韓国語を翻訳を通したものなので多少違っているかもしれませんが、大体の意味はわかります。

この教授はルビーの避妊手術をかなり早い月齢でされていたので、この文を読んだ時、手術の頃にそんなことを考えていたのかと驚きました。小さな頃のルビーも、避妊手術の後のルビーも、どちらもツイートであげられていましたので、私はルビーをよく目にしていました。

(面白いことに、日本では飼い主が良く自分を(猫の)”下僕”という表現をしますが、韓国ではそれを”執事”と表現しているようです)

実はその教授の考え(悩み)こそが、私の永遠のテーマ主『猫にとっての幸せとは?』と同じものでした。

最近になって、私の『猫にとっての幸せとは?』は、少しずつ自然な猫の姿に変化しだしたように思います。それはマナが、次第に家猫になり始めたことが分かるようになったからです。でもそれは、相変わらず揺らぎの中にあって、どこに落ち着くのか私にもわかりません。

 

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月齢1ヶ月半、400グラムだったマナと暮らし始めて、まだ2年に満たない私。
これからもどんどん、自身の考え方は変化していくことでしょう。マナの姿をじっと見つめながら。

奇しくもこのサイト Withcat『猫の話をしようか』でライターをされているmiaoさんが、マナのツイートにこんなメッセージを寄せてくださいました。

『今にマナマスターになりますよ』

私はこの言葉を、これからいつも思い出すでしょう。
マナとの暮らしは、猫について学ぶ初めの一歩です。

猫と人との関わりを経験して、猫の気持ちや現代の猫にとって何が幸せであるか?
それを理解できる人になりたいと思います。
今も、保護活動をしている方々、長年猫と暮らしている方々が、私に沢山のヒントを与えて下さっています。

 

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雨の中で3日3晩鳴いていたマナ――
隣のマンションの方から「飼ってくれませんか?」と言われ、即答で「無理だ」と言った私が、そのマナを1番必要としています。

薮の中でマナの姿を探したとき――
本当に飼えるのかと、私を試した神様に、今のマナと私を見せてあげましょう。

初めての仔猫との暮らしは、マナも私も必死だった――
でも今となっては、どれもが楽しい思い出。

神様からの贈り物、私の空マナ!
愛してる大好きだよマナ

● ● ●

――最後に――

マナと孤独でボンビーな同居人との暮らしのエッセイをお読みいただき、心から感謝しています。
今、同じ空の下、同じ時間の中で生きている猫たちが、どうか幸せでありますように。
猫たちが、平和に暮らせる時代が来ることを切に願いながら。

───マナといつも一緒に

あおい空

 

 

――二人の未来を紡いでいこう(9/9)おしまい――

本話にて『私の空、マナ』は完結です。
あおい空さんの、新シリーズにご期待ください。

作:あおい空
 ▶あおい空:記事のご紹介
構成:高栖匡躬、樫村慧

――前話――

ある日私は、医師に手術の話を持ち掛けてみました。
すると医師は、マナの麻酔の心配を先にしてくれました。
以前は手術を勧めていたはずなのに。
マナと私を取り巻く世界が、変わり始めていました。

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

――この章の1話目です――

マナがもう外にいかないように、わたしは窓の網戸を締めました。
「危ないよマナ、車来るよ」
網戸越しに外を見るマナに、囁き続けた1カ月。
マナは何かが変わったようでした。

――この連載の1話目です――

初めての一人暮らしで選んだのは、長屋風の安い物件でした。
テレビも洗濯機もなく、私のボンビー生活がスタートしたのです、
気づけばそこは、不思議なアパート。愛すべき隣人たち。
でも、2年が過ぎた頃にはもう――
私の淋しさは限界でした。

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