犬派の僕が猫の多頭飼いを始めた理由

ブログタイプのエッセイ作品で、面白いことが起きた時だけの不定期更新となります。
どうぞお楽しみください。
猫の多頭飼いをしてみたい|多頭飼いは初めてだけれど、大丈夫だろうか?|経験者の体験談を読んでみたい
ライの大怪我
ぼくの心配事を書く前に話しておかなければならないことがある。
ライが大怪我をしてしまったときの話だ。
誰もがそうだと思うけれど、毎日なんとなく過ごしていると忘れてしまうものがある。今、この時間がどれだけしあわせで、どんなにすばらしいものであるのか――ということだ。
●
こればかりは失ってみてからでないとなかなか気づかない。
ぼくもそうだった。
くり返される日常を流されるままに過ごしていた。平和も平穏も、ずっと続くものだと信じていた。
まして生きることとはなんなのかということを、あらためて考えさせられる出来事を二度も体験してしまうことになるなんて、少しも考えたことがなかった。
ライが四階から飛び降りるその瞬間までは――
●
だからこそ、神様はぼくに『初心に帰れ』と言いたくなったのかもしれない。
なんの前触れもなく平和な日々なんて崩れ去ってしまうものなのだということを、きちんと知っておきなさいって。
それくらい不意にやってくる。
ぼくたち自身が意識していなくても、起こるべくして起こったかのように突如目の前が暗転してしまう。
そんな出来事は生きていればいくらだってあるのだから。
●
そんなふうに考えさせられる事件がぼくを襲ったのは平成30年9月27日木曜日、午後6時30分頃のことだ。
それまではとても穏やかでしあわせな毎日だった。
けれど予期せずしてそれは起こった。
一年と三か月前に拾って、大事な家族となったライが四階から飛ぶというとんでもない大事件。
その瞬間
――はて、飛んだ? どこへ?
誰もがきっとこんな疑問を抱くだろう。
ぼくだって人から聞いただけならば、「この人はなにを言っているんだろう」と首を大きく傾げたに違いない。
しかし残念ながらぼくは当事者だった。
●
ライが四階から飛んだ瞬間を目撃している。
ライが四階から飛んだという衝撃は、その後しばらくぼくの心を痛めつけたし、むしばんだ。目をつむれば彼が飛ぶ場面が鮮やかによみがえり、心の底が氷を張った湖みたいに冷たくなった。
つむっていた目を跳ねあげて飛び起きる。
心臓は短距離走で全力を出したときみたいに早く鼓動していた。
室内の温度は冷え切ってもいないのに汗びっしょりになっている。
呼吸も荒くなった。
助けられない恐怖に耐えきれずに、実際泣いてしまった。
寝ること自体が怖かった。
目を閉じるのがどうにも苦痛で、何日もひどい睡眠不足に悩まされた。
●
彼が飛んだ瞬間、ぼくは彼が「死んだ!」と即座に思ったせいでもある。
そう。「死ぬ」ではなく「死んだ」だ。
だって四階だ。
高さはおおよそ12メートル。
階下の地面にはクッションの役割を果たしてくれるような草木はいっぺんも生えていない。コンクリートでしっかり固められた駐車場。
彼はそこに向かって落下していった。
●
もしも自分が四階の高さからコンクリートの地面へ飛び降りたらどうだろう?
怪我で済むとは考えられない。
頭から落ちたら?
考えたくない映像が脳裏に浮かぶことは必至だ。
即死は免れない。
誰だって「死んだ」と思うに違いない。
実際、ぼくは思ったのだ。
●
彼の姿が目の前から消えた瞬間、ぼくの頭はそれ以外なにも考えられなくなった。
急いで近くの階段を駆けおりた。エレベーターなんて考えつかなかった。
階段を下りるときは心の中で呪文のように彼の名を呼び続けていた。他のことはいっさい考えられなかった。とにかく彼の名前と彼の飛んだ瞬間だけが頭の中を占めていた。
一階までの道のりはすごく長く感じた。永遠にも思えた。
●
――まだ続くのか、まだあるのか、今どこだ!
そう思った。普段ならすぐに終わってしまう一階までの階段が地獄まで続いているみたいだった。
外の風景を見る余裕なんてなかった。足元だけを見て階段を下りる。
途中の踊り場で彼の姿を確認するなんてことも考えられなかった。
一分でも一秒でも早く、彼の元にたどり着きたかった。
●
階段を下りるぼくの頭には、即死状態の彼の姿が浮かんで離れなかった。
血まみれになってぐったりと倒れている彼の姿だ。
真っ白な毛が真っ赤に染まってコンクリートに血だまりができている。
そんな彼を抱きあげる自分のことも想像した。
ゾッとした。
ものすごく怖かった。
なのに想像することをやめられなかった。
覚悟しなくちゃと思うのに、夢の中で起きたことみたいで覚悟なんてできなかった。
生きていてほしいとか、大丈夫だとか、無事でいてとか。
そんな小さな希望すらまったく考えられなかった。
ただ最悪の状況を想定し、そこに向かっていくだけ。
●
ようやく階段を下りきったときはホッとした。
終わりがあったからだ。
出入り口の扉を急いで開けて、外に飛び出る。
彼が落ちた場所にすぐに走って向かうのに、走っている感覚がちっともない。
見たくない。
だけど見なければならない。
二つの思いが互い違いでやってくる。
ぼくは息を飲んだ。
生きるということ
――いない!
顔を上げて四階を見る。
たしかに飛んだ。
場所は間違っていない。
だけど落ちたはずの場所に彼の姿がない。
なんの変哲もないコンクリートだけが目の前に広がっていた。
地べたに両手をついて、暗いせいでハッキリ見えないコンクリートの表面に目をこらす。
血痕はない。
●
――生きてる!
彼は生きている! 生きてこの場から離れたのだ。信じられない奇跡が起こった。
「ちーた!」
彼を本名ではなく、愛称で呼んでいた。何度もくり返し、彼の愛称を叫んだ。
「ちーた!」
ぼくは大きな声で呼び続けた。彼を見つけるまでずっと――
●
こうして彼を拾って1年と3ヵ月目に、平穏な生活を揺るがせる衝撃の事件は起こることとなった。
偶然だったのか、必然だったのかは定かではない。
だけど、ぼくはこの事件をきっかけにあらためて『生きることとはどんなことなのか』を考えさせれらることになったのである。
今のねこさんの様子は?
――ねこさん、増えました・つづく――
作:紫藤 咲
▶ 作者の一言
▶ 紫藤 咲:猫の記事 ご紹介
Follow @saki030610
――次話――
愛猫ライが4階からダイブした光景は、何度も思い出されて、ぼくを苦しめた。
その日の出来事を、より詳しく残しておこうと思う。
あの瞬間――、ぼくの心は凍り付いたんだ。
「ちーた!」
ぼくは手を伸ばした。
「ちーた!」
でも君は暗闇に消えた……
――前話――
ちびーずを迎えてから1週間
先住たちとの初対面で好感触を得たぼくは、ゼロ距離での接触を試みることにした。
どきどきしながら二匹をリビングに出してみる。
ライはどう出るのか!
●
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
●
――本作の第1話目です――
運命ってあるのだろうか?
だとしたら、今回がきっとそうだろう。
きっかけは、1枚の画像――、子猫が写っていた。
『もらう?』友人のハットリ君が訊いてきた。
●
犬派の僕が猫と暮らす理由
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
猫を拾ったら読む話
『猫を拾った』をテーマにした、エッセイのセレクションです。
猫を飼うノウハウ、ハウツーをまとめた記事はネット上に沢山あるのですが、飼育経験の全くなかった方にとっては、そのような記事を読めば読むほど、「大丈夫かな?」と不安になるはずです。
猫未体験、猫初心者の方に是非読んでいただきたいです。
●
紫藤咲の執筆作品