猫の話をしようか

なかなか聞けない猫の話。こっそりおしえる猫の話。

おはよう! alex ~猫のいる出窓:今もあの声が、聞こえてくるよ~

f:id:masami_takasu:20180608170310j:plain撮影&文:miao

現在のマンションに越してくる前のこと。
母とalexと3人で2年間暮らしていた古いアパートがある。1階角部屋、陽当たり良好、ペット可のアパート。

わたしたちがそこを出た後、3年以上4年近く、その部屋は空室のままだった。
車で通る度に、通りから見える白い出窓に、新しい住人がいないことを確認できた。

alexが居た場所――
あの出窓でalexは、ちょっとしたアイドルだったんだ。

 

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その部屋は大通りから建物ふたつ奥にあり、窓側は通学路になっていた。
東向の出窓はalexのお気に入りの場所。
ベッドからたん!とジャンプして、朝日を浴びたりお昼寝したり、夕暮れの風にそよいだり、わたしの帰りが遅い夜はそこで待っていたりした。

かわいいザビ猫のおんなのこが会いにきた日もあったね。
暮らし始めた頃は、通る人に 「あら、猫じゃない?かわいいね」 なんて言われて、知らない人が通ることにも戸惑った様子だったけれど、すぐに動じなくなった。

alexの存在はいつのまにか定番になったようで、声をかけられるのは日常になった。
特に、小学生――

最初は、
「猫だ!見て見て!」
「かわいい~」
「わあ大きい!」
なんて感じで足を止め、かなり道草をしていたと思う。

首輪の迷子札を見たひとりが「アレックスっていうんだよ」と言い出すと、そのうちに皆が名前を覚えてしまった。

 

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それから朝の通学時間になると、「alexおはよう」という声がいくつも聞こえるようになった。alexも窓越しに、ちゃんとお返事をする。
「にゃあ」 
「行ってきまーす」

そして、慌ただしくない朝は、時々わたしも顔を出して、
「いってらっしゃい。気をつけてね」と。

たまに、お天気がいまいちな朝は、
alexもお寝坊さんで出窓に出ないときがあった。

そんな日は、
「alexいなーい。今日はアンラッキーデー」
なんてのが聞こえてきたり――

あらあら、
alexのせいで今日はあの子、アンラッキーになっちゃったみたいよ。
今朝はまだママとぬくぬくなんだよね。
ごめんよ、小学生たち、――なんて言ってたっけ。

 

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はずむランドセルの音と、小学生たちの声。
それを見送るalexの後ろ姿を部屋から見ていると、微笑ましい気持ちでいっぱいになった。 それは確かな、良い朝だった。

下校時刻のある日には、こんなことがあった。
出窓の下には低い柵があって、その柵に少し上った小学生の男の子が、猫じゃらし(天然)をちかつかせた。網戸越しにとびきりの反応でじゃれるalex。
しばらくそうして遊んだ後、「じゃあ、お前にやるよ」網戸を数センチ開け、さっと猫じゃらしを放り入れた。

えっ!?と思った瞬間、網戸を閉めて「バイバイ」と帰って行く男の子。
わたしの目が届く時にだけ、網戸のままにしてあったのだけど、簡単に届いてしまうのだなとちょっと考えてしまったり。

ま、いっか。 いただいた天然猫じゃらしを水洗いして遊んであげると、あっというまにまにダメにしてしまった。
これは網戸越しの方でよかったね。

 

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震災後の余震でボロアパートはかなり揺れたけれど、その暮らしも、慣れればそれなりに楽しかった。通学時間以外は、そんなに人通りも多いわけでなく静かだったし、母がいてくれたことで、alexがぼっちでお留守番することもなかった。

どんな場所でも、alexがとびきりにしてくれるんだ。
そんなふうに思った。

やがて、引っ越しが決まった――

小学生たちは、alexがいなくなってなんて言うかな?
alexもさみしいかな?

 

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なぜだろうか?
それからずっと、あの部屋は空室だった。
alexが生きてる間は、あの出窓はずっと思い出を塗り替えられることなく、そのままだった。

alexが亡くなって数週間後、その場所を通ったとき――
いつものように右側に、ちらりとその場所を確認すると、出窓にカーテンの色があって、ベランダ側には洗濯物が見えた。

なんだろう。ちいさなショックに似た気持ち。
視界が緩んだ。
もう、alexはいない。
――そんな気がした。

あの場所は、もう誰かが住む、誰かの部屋なんだね。
新しい住人には相棒がいるかな?
できれば猫が暮らしていたらいいな。
あの出窓に、またアイドルが現れてほしいと思う。

でも――、きっともうわたしは――
あの場所を通る度に、あの出窓に目を向けることは、なくなるだろうな。

「alexおはよう」

子供たちの声が、今も聞こえてくるよ。

 

文:miao

週刊Withdog&Withcat
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。

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