文:高栖匡躬
今回からいよいよ連載の本題である、産業獣医師のお話です。
正確に言えば“産業動物獣医師”という名称ですが、本記事では引用文以外では簡潔に、”産業獣医師”または、”産業獣医”と表現することにします。
さて、そもそも産業獣医師とは、どんな職業なのでしょう?
何となく知っているようで、実はその実態はあまり認識されていません。
本記事ではまず、産業獣医師とは何かについて解説したいと思います。
恐らく理解しているつもりの方も、ほとんどの方は、その全容を分かっていないのではないでしょうか?
実を言うと、筆者もそうでした。
【目次】
- そもそも理解が難しい産業獣医師
- 報道記事から産業獣医師とはなにかを読み取ると
- 管轄する農林水産省の認識は?
- 仕方がないので、多くの資料から言葉を定義する
- とりあえず、今回のまとめ
- このシリーズ記事の全体構成は
そもそも理解が難しい産業獣医師
実は産業獣医師の対応範囲は多岐にわたっており、解説も資料によってまちまちです。筆者は産業獣医師のことを知るために、資料を読み始めたのですが、細かい資料を読み進めるほどに、混乱していく印象でした。
広い対応範囲のどこに重きをおいて解説するかで、言葉の定義に揺れがあり、資料を読む側の印象や認識が、微妙に異なってしまうのです。
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恐らく、産業獣医師をめぐる議論では、論者によって違う認識の下で語られていると思われます。なんとなくこの議論が噛み合わないのも、違う主張の元で議論されているからだと筆者は感じています。
今回はこの”産業獣医師”という職業を、改めて考えてみたいと思います。実は本記事は、筆者が資料を読み始めて混乱し、もがいた記録でもあります。
報道記事から産業獣医師とはなにかを読み取ると
さて、産業獣医師とはどんな職業なのでしょうか?
多くの報道記事から、読み解いてみます。
NHKオンラインによると、下記のように解説されています。
産業獣医師とは
「牛と農家のパートナー」 “産業動物”と呼ばれる牛や豚などの家畜たちを診療する獣医師、“産業動物獣医師”。 ... 犬や猫などのペットではなく、牛や豚などの家畜たちを主に診療するのが「産業動物獣医師」です。
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また加計学園問題では、産業獣医師という存在と共に話題となった、”公務員獣医師”という職業もあります。調べて見ると公務員獣医師は、定義としては、この産業獣医師の中に含まれるものだそうです。朝日新聞によると、下記のように解説されています。
公務員獣医師とは
自治体の公務員獣医師
自治体の家畜保健衛生所や食肉衛生検査所、保健所で家畜の伝染病予防や改良、病気に関する研究(家畜衛生)▽食肉の検査や狂犬病予防、食品衛生の監視指導、動物の感染症に関する研究(公衆衛生)を担う。野生動物の保護・人工繁殖や動物愛護も担当する。2008年現在で全国に8604人。
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まとめるとこうなるのだが
両方をまとめて、簡潔に書くと次のような表現になるでしょう。
産業獣医師(含、公務員獣医師)
産業動物(主に家畜)を診察すると共に、病気の牛や豚が食用に回らないよう食肉を検査し、また家畜の伝染病予防を進める職業。
文章にしたら簡単です。しかし、いざ産業獣医師の解説しようとすると、そう単純ではありません。多くの資料では、産業獣医師の中に公務員獣医師が含まれるようには書かれておらず、産業獣医師と、公務員獣医師は別の職業として書かれているからです。
実際に臨床の現場で家畜を診察する獣医師と、行政側にいて防疫や食の安全を担う獣医師(どちらかというと研究職や指導員の色合い)で、はっきりと役割が別れています。
こんな状況ですから、どの記事を読むのか、またどこの資料を読むのかによって、産業獣医師の位置付けが、微妙に変わってしまいます。
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本記事では複数の資料を引用するので、この認識の微妙な差が、記事の内容に混乱をきたすことになりそうです。そこで本記事ではまず、独自に言葉の定義を行なうことにします。
管轄する農林水産省の認識は?
さて、獣医師を管轄する農林水産省では、どういう認識をしているのでしょう?
農林水産省消費・安全局の下記の資料の中にそれがありました。
下記にその分類表を抜き出します。
獣医師の分類 | 平成26年 | 割合 (%) | |
産業動物診療 | 4,317 | 11.0 | |
公務員 | 農林水産分野 | 3,433 | 8.8 |
公衆衛生分野 | 5,518 | 14.1 | |
その他 | 505 | 1.3 | |
小動物診療 | 15,205 | 38.9 | |
その他分野 | 5,570 | 14.2 | |
活動していない獣医師 | 4,550 | 11.6 | |
合計 | 39,098 | 100.0 |
→スマートフォンではスライドしてご覧ください。
つまり、農林水産省の本資料では、”診療行為”の内容(対象)”から、獣医師を分類しているわけです。
仕方がないので、多くの資料から言葉を定義する
多くの資料が、産業獣医師と公務員獣医師を分けていることから、本記事でもその分類を採用した方が良さそうです。
加計学園に端を発した産業獣医師の問題で、最も議論の中心となるのは、産業動物の命と健康に直接かかわる産業動物臨床獣医師と、農林水産分野と公衆衛生分野に携わる公務員獣医師でしょう。(後者は農林獣医師、衛生獣医師とも呼ばれているようです)
そこで本記事においては、記述の混乱を避けるために、今後は下記のように文言を定義したいと思います。
・本記事では、産業動物臨床獣医師を、産業獣医師と称することにします。
(因みに、街の動物病院は、小動物臨床獣医師です)
・産業動物臨床獣医師の約半数は、農業共済組合所属の団体職員で、準公務員的な立場でありますが、混乱を避けるために公務員ではなく、民間に属するものとします。
・公務員獣医師は、産業獣医師とは別の職業であるものとして、本記事内では記述することにします。
とりあえず、今回のまとめ
言葉の定義からはじめないといけないというのは、この先の記事作成の困難を予想させるものなのですが、そうも言ってはいられません。次回からは、産業獣医師の仕事の内容に踏み込んでみたいと思います。
実は、臨床獣医師と街の動物病院との違いや、農林獣医師、衛生獣医師の役割を調べる事で、日本の動物医療や防疫・検疫体制の問題が露わになってきます。
政治問題化してしまった加計学園問題と、加計学園に端を発した産業獣医師の問題は別のものということも、はっきりと分かってきます。
このシリーズ記事の全体構成は
――犬猫の飼い主が見た、加計学園問題(その5)・つづく――
文:高栖匡躬
▶ 作者の一言
▶ 高栖 匡躬:犬の記事 ご紹介
▶ 高栖 匡躬:猫の記事 ご紹介
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――次話――
調査に時間が掛かる記事なので、なかなか連載が進みませんね。
今回は、産業獣医師の仕事の内容について――
3K(きつい、きたない、きけん)と言われる、仕事の内容を解説します。
読めば、大変な仕事だと分かります。
そして今、その育成が大事であるという事も。
――前話――
回は、過去3回の検証に誤りがなかったかを検討します。
本当に獣医師は足りないのか?
たったそれだけ調べたいだけだったのに、随分と沢山のことが分かりました。
高度医療、先端医療の医療費の高さも再認識。
振り返れば、うちもこの高い医療費を払ったんだよなあ。
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この記事は、下記のまとめ読みでもご覧になれます。
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――初回の記事です――
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狂犬病予防注射実施率を検証してみる
この注射には賛否両論あるようだ。積極的に反対をする人もいる。
その反対の理由を読むと、なるほどと思う。
そこでまた、色々と調べて見ました。
そして、気が付いた。
「推進している側と、反対する側では、全く論点が違うんだ」
前回記事では、狂犬病予防注射の実施率が低いことを書きました。
その中でも30%台の数字はあったことには、特に驚きました。
その数字が、どこから来たのか?
疑問に感じて、追いかけてみたのが今日の記事です。
実施率って、ちょっとした数字の選び方で変わります。