犬派の僕が猫と暮らす理由|4章 ひとつの命を感じること
ねこさんの症状が思っていた以上に重かったことを思い知らされたことで、ぼくは彼がいなくなるかもしれない現実を、やはり覚悟しなければならなかった。そして、その状態を招いたのが自分であるのだと思えば思うほど、ひどく気落ちした。
購入した道具たちはほとんど使われることなく、そのまま埃を被ることになるかもしれない。そんな未来は嫌だと思っても、ねこさんの回復が停滞中であったこの頃は、その現実を正面から受けとめることが非常に難しくもあった。
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ところがである。そんな傷心のぼくに、更なる悩ましい出来事が起こる。
なにを思ったのかハットリくんが、突如意外な話をぼくに持ち掛けてきたのだ。
「なあ、もう一匹、飼わないか?」
――は? もう一匹?
詳しく聞いてみると、どうやら彼の会社の野良猫が子供を二匹産んだらしい。まだ目も開いていないし、動けないが、それでもうちのねこさんより大きな声でしっかり母親を呼んでいるという。
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「あいつには一緒に遊べる仲間がいたほうがいいと思うんだよ。そうすれば、きっと元気に大きくなる。それに一匹も二匹も変わらないじゃないか?」
たしかに彼が元気に退院してきたら、たくさん遊ぶことにもなるのだろう。多頭で飼う人も多いようだし、単独よりも家族は多いほうが楽しい。
しかし、養う経済力も必要になる。うちにはすでにひなさんもいる。しかも老犬。
このあと、介護も必要となるだろうし、通院することも多くなってくるに違いない。
保険のきかない動物病院。点滴一本おいくらだと思っているのだろうか?
経済難は目に見えている。
――おい、一匹も二匹も同じじゃないぞ、ハットリ!
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しかしそんなぼくに、ハットリくんはこう続けた。
「もしもあいつが戻ってこられなくなったら、おまえはどうなんだ? その教訓を次に生かして、今度こそ、元気に大きくさせてやるって思わないか? いや、俺だって、あいつじゃなきゃいやだけどさ。それでも、あいつらは保護してやらなくちゃダメだと思うんだ」
それならおまえが保護してやれよ……なのだが、この話の続きを聞いたとき、ぼくの心は大きく揺れ動いた。
「母親がな、普通じゃないんだよ」
とハットリくんは言った。
子猫には健康な母親がいる。しかし、普通ではないのだという。
「食っちまうんだ」と話は続いた。
あまりの話に絶句である。母猫が子猫を食べてしまう――そんな話を聞いたのは、これが初めてだった。そして今回の話の母猫は、その傾向が異常に強いらしい。
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すでに今回を含めて五回ほど出産しているらしいのだが、一度も大きく育った子供がいない。母猫がすべて食べてしまっているそうだ。実際に、ハットリくんの勤めている会社の奥さんが、食べている現場を目撃しているらしい。
今度こそ、早めに保護したいとのことで、一匹、保護できないかと、ハットリくんに持ち掛けてきたのだという。
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「そんな事情なら……保護してやらないといけないかなぁ」
単純である。さらに言えば、このときのぼくはかなり心が麻痺していたとも思う。
ねこさんを窮地に追い詰めていることに罪悪感が募っていて、どこかで贖罪できるなら、もう一度チャンスを貰えるなら、今度こそ間違えないようにするからと、思っていたのも本心だった。
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もちろん、ねこさんが戻ってくる希望は捨ててはいない。
彼が戻ってきて、さらに仲間を受け入れられるなら、もう一匹くらいならなんとかしてみてもいいのかもしれないと――、そんなことを思ってしまったのだ。大変なのは百も承知だ。だけど見て見ぬフリを、このときのぼくはできなかったのだ。
いや、それでも本来ならば、「おまえがやれ、ハットリ!」であることは間違いない。人間、心が弱っているときは簡単に感情に流されてしまう。
怖いものだ。
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「まぁ、それでもわからんからな。あの母親だから……それに、もしかしたら、今回はちゃんと育てるかもしれん」
「とにかく、本当に困ったら言ってくれ。考える」
「一匹はアイツと同じ、白い子なんだ。写メ送るわ」
後日、送られてきた写真には二匹の子猫が寄り添って寝ているところが映っていた。
大きさ的にはうちのねこさんと変わらないくらいの子猫。一匹は黒いブチ、もう一匹は白い毛の子。
ブチの子猫の方が白い毛の子よりも一回りくらい大きかった。その写真を見ながら、ぼくはこの子たちのどちらかと縁があるのだろうかなんてことをぼんやりと思っていた。
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ねこさんが戻ってきて仲間が増えていたら、喜んでくれるだろうか?
きっと二匹の元気な子猫さんがうちを駆け回ったら、にぎやかな毎日になるだろうなぁ。経済的負担に関しては働けばいいし、最悪、ハットリくんに出資させよう、あいつがそもそも言いだしっぺなんだし。
なんて思いを巡らせた。それでもやはり、ねこさんありきの未来であることは変わらない。
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けれど、この話は現実化することなく消えてしまうことになる。小さな命の灯は、ぼくの手元にやってくる前に儚くも消えてしまうことになったのだ。
そして、その悲しい結末を知ることになるのはねこさんがぼくの元に帰ってくる、わずか三日後の話なのであった。
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【余談】
――ひとつの命を感じること(2/12)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話――
『死ぬ確率のほうが高い』
そう医師から言われた日の翌々日、ぼくは病院に行った。
ハットリくんは、猫さんが元気になる夢をみたから大丈夫だという。
本当だろうか?
彼の霊感はすごいが、ぼくは半信半疑である。
やがて、ねこさんがやってきた。
――前話――
ねこさん不在の寂しさを救ってくれたのがSNSでの交流だった。
そこで想うのが『引き寄せの法則』だ。
『強く願ったことが叶う法則』である。
みんなが祈ってくれたら、きっとその思いは――
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この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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個人の保護エピソード――
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――作者の執筆記事です――