犬派の僕が猫と暮らす理由|4章 ひとつの命を感じること
ねこさんの仮退院、ウキウキした気持ちで獣医さんに向かったぼく。
一週間前までの『本当に死んでしまうかもしれない。このまま戻ってこられないかもしれない』というつらかった気持ちは、このときにはまったくなくなっていた。最後通告も覚悟して獣医さんに向かっていた入院中のことを思えば、気持ちはすごく楽だった。
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もう、本当にどうにもならないから家で看とりしますか? と言われてしまうのではないかという恐怖を伴った面会とは違う。回復の兆しが見えたからこその仮退院。
ただここでぶり返したら、入院はまた長期にわたってしまう。そう考えると、無理はさせられない――と強く思っていた。
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さて獣医さんでのねこさんと言えば、一昨日同様、元気印だった。出せ出せ、えいえいは相変わらずだった。手を出せば、ガブガブとぼくの手に噛みついてくる。
獣医さんで夜の分の注射を一本打つ。このときは一回目の抗生剤と同じ、指一本分の太さであったのを見ると、あのときのぶっとい注射はなんだったんだ? とむくむくと湧きかける疑心を封じ込める。
ひとまずは元気に仮退院となったのだ。あのときのことは忘れねばならない。忘れたくても忘れられないほどの太さだったとしても、である。
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回復期用の缶詰をひとつ購入し、カプセルホテルにねこさんを入れる。思った通り、出せ出せえいえいになった。
「にゃーん」
そうは言っても運転中は出せないのだ。
――もうすぐ広いところに出してあげるから待っていてくれよ。家ではきみの大好きなひなさんもいるのだから。
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そうやって心の中でなだめすかして家に到着する。カプセルホテルから部屋の中に出たねこさんの姿を見たときは、本当に嬉しかった。
はじめこそ、おっかなびっくりしてはいたが、すぐに慣れて走り回る。病気をしているとは思えないほどバタバタと動くのだ。
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こんな風に
バタバタと
今まで小さな犬舎の中に閉じ込められていたねこさん。すさまじい跳ねっぷりだった。所狭しと駆けずり回り、ねこじゃらしを見れば食いついてくる。中でも一番のお気に入りはビニール袋だった。
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ビニール袋の上に乗って遊ぶのだが、ビニールがフローリングで滑るので、ずるずるずしゃーと雑巾がけのようになってしまうのだ。そして、飽きるまでこれを繰り返す。
ビニール袋に飽きれば、今度はねこじゃらし。
ぼくの手や足を噛む。走り回る。部屋の中を探検。
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ビニール袋で遊ぶ
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飽きたら、ねこじゃらしで遊ぶ
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これの繰り返しで、一晩中飽きずに遊んでいた。しかし、この子は仮退院中であって、まだ病気と闘っている身の上なのだ。無理しないようにしようと思っていたのだが、そんなものはこっちの都合であって、彼の都合ではない。よって寝ない。まったく寝ない。本当に寝なかった。
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これほど遊ぶとなると、当然のことながら腹が減るわけだ。獣医さんからは一泊中に二分の一食べられればいいからと言われていたのに、このときの彼の食欲は凄まじかった。
とにかく食べる。ガツガツと、見たこともない勢いで食べてしまい、皿の上は洗い立てのようにピカピカに。言われていた量を越えて、ほとんど一缶食べてしまったのである。
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そんな今までとは百八十度変わってしまったねこさんを、では、ひなさんはどう思っていたのか?
スルーである。まったくの無視なのだ。寄り付きもしない。普段通りの素っ気なさ。ねこさんも自分から彼女に寄っていこうとはしていなかったけれど、あの病気の日々はなんだったんだ? と思うほどに、ひなさんは彼を遠くから見ていた。
それも、わからないわけではない。ひなさんはお年寄りである。遊びたがりの幼児がやってきても、自分の生活を変えるわけがない。むしろ彼に遊んでくれと言われたところで、今の彼女の年齢からすると、大変骨の折れることに違いない。
だから、そっとしておくことにした。これで彼が退院したら、否が応でも相手をしなければならないときが来るだろうから……
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結局、ねこさんは夜中の一時まで遊び倒していた。眠たい目をこすり、こすり、ぼくは付き合った。翌日の午前中早くには、もう一度ねこさんを獣医さんに返した。
「どうする? もう一日、一緒にいてもいいよ?」
翌日が祝日だったためそう言ってくれたが、仕事のためにその申し出は、なくなく断った。病気が完治していない状態で一人放置は難しい。不安を残したまま家を空けることになってしまうからだ。
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「そうだね。もう少し様子を見たいし、レントゲンもまだ撮ってないから。明後日、もう一度来てもらってもいいかな?」
こうして、ねこさんは再入院することになったのだが、あくまでも前向きな方向での入院である。そして、翌々日、ぼくが獣医さんへ彼に再び会いに行ったとき、彼は完全といえるほどに復活していたのである。
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獣医さんは言った。
「つまらないらしくてね。犬舎、よじ登ってたり、一人遊びしたり。手を入れると噛んで来たり。本当に元気になったね」
と。
そして、もう一つ。
「でも、再入院した夜は本当に疲れたみたいで、全然動かなくて、ずっと寝てたよ」
反動はすさまじかったようである。
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「ですよね」
そう返事をしながら、家へ戻ってこられて嬉しいと、彼が思ってくれていたのを実感したぼくは、今度迎えに来るときにはもう二度と入院しなくてもいいように大事にしよう、と心の底から誓ったのであった。
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【これは入院の翌日の動画】
――ひとつの命を感じること(4/12)つづく――
作:紫藤 咲
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――次話――
ねこさん退院の予定日。
病院の待合室は、尋常でない程込み合っていた。
恐らく、随分と待たされるのだろう――
となると、やることは1つしかない。
他の飼い主さんとの情報交換である。
「もうねえ、ねこ貧乏よ」
と、話が始まったのだった。
――前話――
ねこさんが仮退院をする前に、まずは部屋の大掃除。
何しろ、ねこさんは肺炎なのだ。
布団のダニ対策、危険物の撤収、毛布の洗濯とやることは山積み。
大変なのは、大きなケージの移動。
そして嗚呼、エアコンのフィルターは埃で覆われ――
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この記事は、下記のまとめ読みでも読むことが出来ます。
この記事は、下記の週刊Withdog&Withcatに掲載されています。
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――本クールの第1話目です――
ねこさん不在の寂しさを救ってくれたのがSNSでの交流だった。
そこで想うのが『引き寄せの法則』だ。
『強く願ったことが叶う法則』である。
みんなが祈ってくれたら、きっとその思いは――
――本連載の第1話です――
運命の日――
ぼくは猫を拾った。
犬派だった著者が、猫を拾ってからの悪戦苦闘を描くエッセイ。
猫のいない日常に、飼ったこともない猫が入り込んでくる話。
はじまりは、里親探しから。
――当然、未経験。
「ぼくらの物語はこの日から始まった」
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個人の保護エピソード――
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――作者の執筆記事です――